<ボクがキミを、世界一の女王にしてあげる。だからボクの側から離れないで。好き、なんだ…キミが。>




【Chapter.08 幾年の契】




「きゃー!!!HAYATO様!!!」

「こっち向いてー!!!」

「HAYATOー!!!いやー!!!」


トップクラスで人気者というのは、どんな職業であれ大変なものだ。
アークスシップのショップエリア、そこにある大きなステージ付きの広場が、今日は女の子の黄色い歓声でうめつくされていた。早苗はそれを2階に位置する通路からぼんやりと眺めていた。


『おーはやっほー!』


聞き慣れたその挨拶で始まるステージはとんでもない盛況っぷりで、HAYATOはやっぱり人気者だなぁと実感させられる。


『アークスシップに居るファンの皆、元気かなにゃぁ?今日はボクのステージを、目一杯楽しんでいってねー!!』


再びあがった歓声に早苗は顔をしかめて、イヤーフック型のインカムの通信スイッチを入れた。


「こちらポイント3、異常事態無し」

『…了解、ハニー。こちらポイント1、異常なし』

『ポイント2、同じく異常なしだ』

「ていうかさー真斗くんもレンもー終わったらトキヤに夕飯奢ってもらおうよー」

『おぉー!それナイスアイディアだよ!』

『ついでに、普通に客として見に行ってる月宮先生にも奢ってもらおうぜ』

『でも、いいのかなぁ…?』

『四ノ宮、気にしていてはいけない。』


ついに歯止め役の真斗までもがトキヤに奢らせると言い出し、通信はただのぐち大会になっていた。


今日はこのシップで、今人気絶頂のアイドルHAYATOのコンサートなのだ。
そこで暴動等が起きないように見張るよう任務を受けたのが、早苗、レン、翔、そしてAクラスだった真斗、音也、那月、更には嶺二と藍までもが駆り出され、総勢8人だった。

正直、この程度のコンサートで暴動が起きるとは思えないし、アークスシップの中で騒ぎを起こして逃げ切れる人材も居ない。自分たちとは別に会場の案内係も居るのだから、気合は全く入らない。

まして春歌はHAYATOのCDを聞いて大変気にいってしまったらしく、林檎に無理を言って今日のステージを見に行っている。HAYATOのCDを聞いて目を輝かせている春歌を見て、トキヤが真っ青になって固まっていたのが面白かったので、まぁ、これについては良しとしよう。


「ほら、サボらないの」

「うひゃ!」


首筋に突如冷たいものがあたり、早苗は小さく跳ねた。振り返れば美味しそうなミント色で、首筋に当てられたのはよく冷えたスポーツドリンクのペットボトルだった。


「藍先輩…だって、これ、アークスが警備する必要あったんですか?むしろ、何か犯罪予告でも?」

「勘が良いことは褒めてあげる。」


藍は自分の分のスポーツドリンクを飲みながら早苗の隣までやってきた。お互い今日は私服でお仕事らしく、こうして並んでショップエリアを眺めていてもHAYATOのコンサートを見ているカップルにしか見えないだろう。


「本当は今日、市街地で爆弾テロの予告があったんだ。で、ちょっとでも人を街から追い払うためにHAYATOと蘭丸のコンサートが急遽決まったわけ」

「なるほどー」


普段着慣れないワンピースでの任務を命じられたのは警備員だとバレないようにするためだと思っていたが、派手かと思った白と濃い赤のゴシック調なワンピースもバンギャにまぎれて目立たない。藍も藍で、いつもの白のジャケットに髪の毛の色に近い緑色のシャツをきている。
珍しくつけているピアスが今日の通信機なのだろう。


「終わったら、シュークリーム食べに行きませんか…」

「べ、別に…シュークリームなんか………食べたい…」

「じゃー決まりですねー!」


と、二人の耳元で通信機がノイズを発した。


『後輩ちゃんたち、犯人から新たな予告だよ』

「嶺二、内容は」

『爆破予告はアークスシップのコンサート広場、犯人は自分に爆弾を括りつけて自殺しようとしてるらしい。』

『了解、嶺ちゃん!それっぽい人が居たらとっ捕まえればいいんだね!』

『おーけい、おとやん!そういうことだ!』

『どこがだ一十木!寿さんもこんな時に何を!!』


通話の向こうが騒がしくなり、収集がつかないことを悟った二人は無理にキリますからねと宣言して通信を切ると、そっと自分たちの担当であるエリアを歩き出した。


「ところで、一昨日"巫女の榊"を見つけたらしいね」

「はい、リリーパ族とも仲良くなりましたよ」


相変わらずバカなことしてるねと言いながら、藍は早苗の手を握って歩調を緩めた。
あくまでもデートに見えないと行けないのかと早苗も藍に寄り添い、歩調を緩める。


「で、キミの夢の方は?」

「あら、藍先輩、こんなオカルトな事信じてくれるんですか?」

「キミがこういう嘘をつくとは思えないし、昨日、トキヤからも話を聞いたからね。」


トキヤと接点があることに一瞬驚いたが、よくよく考えれば藍の担当は成績上位のクラスだ。


「確かに、ボクもキミと居ると、無いはずの記憶が見えることがある」

「藍先輩も……ですか…」

「そうでもなくちゃ、この執着心の説明がつかないよ」


藍は小さく言って俯くと、握った手の力を強めた。強く握られているはずなのに、痛くないのはきっと彼の気持ちが強まったからなんだろうと思った。


「誰かの話を聞いて、その誰かの気持ちに名前を付けるのは簡単だ。でも自分の感情となると、素直に名前をつけられない。だから…」


藍は立ち止まり、振り返ると、いつもどおりの無表情で、言い放った。


「早苗がこの感情に名前をつけて。」

「え…?」

「キミと居ると楽しい。キミと居ると、緊張する。キミだけはただの生徒だと思えなかった。キミのことをずっと守らなくちゃと思った。」


言っている藍本人はいつもどおりなのに、聞いているだけのはずの早苗は、自分の頬がどんどん熱くなるのを感じていた。
困る。そんなことを言われたら、また…


---- キミのことをずっと守らなくちゃと思ったんだよ。


あぁ、また、今度は何も、あの不思議な魔法や、夢に関係したものを見ていたりした訳ではないのに。何でもない普通の時にさえ、過去の記憶が蘇るようになってしまったのだろうか。


---- ボクだけに、キミを愛する資格を頂戴…


そういって瞼に落とされたキスの感覚が、閉じた早苗の体に生々しく蘇った。


「トキヤの話を聞いて、彼もキミを大切に思っていると知った。そうしたら、頭がショートしそうで、どうしようもなくて…」

「藍先輩…」

「この気持ちに名前をつけたら、戻れないと思ったんだ」

「……」

「だけど、ボクはキミを…


ウィンウィン


『アイアイ、後輩ちゃん!まさやんの所に犯人!そっちに向かってる!』

「…りょ、了解しました!」


突然の通信に固まってしまった藍の変わりに、早苗はどうにか返事をすると、離れていた藍の手を握ってもと来た道を戻りだした。
藍も手を引かれて現実に戻ったのか、しっかりとした足取りで着いて来た。


「早苗、さっきのは忘れて」

「…嫌です」

「じゃぁ、今日の任務が終わったら仕切り直すよ」

「待ってます」

「…なにそれ、返事、期待するよ?」

「お互いの記憶が全部戻ったら、ちゃんと正式に返事をさせてください」


そこまで言うと、前方から黒いコートの必死な形相の男がイノシシのごとく全力で走ってきた。
通路の真ん中でキョロキョロしたかと思うと、直ぐにHAYATOのコンサートに気づいて、通路から飛び降りようとする。


「待て!」


藍が叫び、ビクッと男は動きを止めた。速度は先程までと変わらない速さで近づくと、男はビクビクと震え、上手に柵を乗り越えられないようだ。
ある程度近づいたところで早苗は口を開いた。


「あなたが……そうなんですね?」

「い、いや…おれはぁ……おれはぁ!」

『ハニー、犯人が所持している爆弾は起爆スイッチでしか爆発しない。スイッチも犯人が持っている。』


レンからの通信に返事を入れることは出来ず、そのまま犯人を睨みつける。確かに、首から何か赤いスイッチのようなものを下げている。

問題があるとすれば、接近職のハンターやファイターなら肉弾戦でも犯人とやりあえる。射撃職のレンジャーやガンナーなら通常の銃で戦える。
しかし、自分たちは法撃職なわけで…当然こんな場所で魔法を使うわけにはいかず…


「早苗、戦術の教科書、機動隊の戦法、A1065」


言うと、藍は早苗の前に出て、そのまま犯人へと近づいていく。とっさに何かと思ったが、研修生時代に使っていた戦闘に関する教科書のことだろうか。

A1065は…

早苗は頭をフル回転させて、さっき受け取ったスポドリの蓋をあけると、藍の右側に一歩踏み込むと同時に犯人へ投げつけた。ばっちり目に入ったらしい犯人は盛大な声をあげて暴れだした。
藍がいっきに駆け出し、首にさげているそのスイッチを取り上げると、早苗に放ってよこし、自分はそのまま犯人に寝技を決めて締め上げ、体の後ろで両手を縛り上げた。


「嶺ちゃん先輩、犯人の確保完了です。」





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