トキヤは、一度コンテナの上に早苗を座らせると、体に傷がついていないか一通り眺めた。彼女は少し居心地が悪そうにしていたが、そんなことより彼女の大切な体に傷を残さなほうが先だ。
生憎、早苗もレンも、そして翔や音也たちも。自分と違って何も覚えていないことは研修生時代に気づいた。
だからこうして"女王の杖"が何かを調べたり、"巫女の榊"の謎を解こうとしているのだ。

トキヤ自身も、繰り返す輪廻の中で消えてしまった記憶もある。そうでなかったらもっと早くに杖と榊を探させたのに。もう少し自分の記憶が目覚めるのが遅ければ、世界は取り返しのつかないことになってしまっていただろう。


「ったく、研修時代からそうだけどよ、トキヤってやったら早苗に甘くないか?聖川が母親っぽいのとすんげー似てるぞ」

「数少ない女性の同期ですよ?『女は男の3歩後ろを歩け』というのは男がしっかり守るという意味です。それを実行しているまでですよ」


そう言えば、最近少しずつ過去のことに気づいている素振りを見せている早苗はとても嬉しそうに「ありがとう」と微笑みを見せてくれた。
これだ。自分はこれを守るために生きてきたのだと、そう実感させられる。


「さて、翔はまず美風さんに救難信号の正体について連絡してください。あと彼女が魔法を使ったこともあわせて。」


元気におう!と返事した翔に連絡は任せると、直ぐに手元の端末でマップを開いた。現代のものと大国家ミューザの時代のものをを重ねて、榊のありそうな場所をピックアップしていく。


「トキヤ、確か当時の巫女はどんなところでその榊を使ったの?」

「覚えていませんか?」

「…トキヤと違って読んだ本の内容全部なんて覚えてないよ」


ちょっとした鎌を掛けたつもりだったが、ひっかかってはくれないらしい。


「聖殿と呼ばれる、祈りの儀式を行う場所ですね」

「それがこのマークの辺り?」

「ええ」

「じゃぁ、やっぱりさっきの細い道、通ることになりそうね」


言って彼女が指さしたのは、現在の地図には道すら書いていない丁度一色で塗りつぶされたエリアにあるポイントだった。


「ここが気になるのですか?」

「うん」


わかりましたと短く答えると、丁度戻ってきた翔にも目的地を伝え3人で先程の細い通路まで戻り始めた。





人が一人通れるくらいの道を、翔、早苗、トキヤの順に進んでいく。「先頭はお任せしました」と言ったところ、嬉しそうに引き受けていたので身長順に並ばせたことには気づいていなさそうだ。


「あ」


先頭を行く翔が、いきなり立ち止まったので、すぐ後ろに居た早苗が翔の頭で鼻をぶつける瞬間をばっちり見てしまった。何事かと思い覗きこんでみると、翔の足元にリリーパ族が座り込んでいた。


「りぃ〜」

「やーん、可愛い!」


早苗が翔を押しのけてリリーパ族に近づくと、先程のリリーパ族と同一人物なのかりぃりぃと割と友好的に見える態度でリリーパ族は早苗に抱きついた。


「なっ…小動物だからって……別に羨ましくなんか…落ち着け俺。相手はただの小動物……落ち着け…」


早苗に堂々と抱きつけるのが余程羨ましいらしい翔はしきりに自分を落ち着かせようと呟きはじめた。


「たかだか小動物だぞ…俺、安心しろ……落ち着くんだ」

「りっ」


早苗の肩越しにリリーパ族が勝ち誇ったような嫌味な顔で翔を鼻で笑うと、ついに翔が切れた。


「おい、相棒、こいつ全然かわいくないぞ…」

「えーどこがー!?」


早苗が抱きしめるのをやめて赤ん坊にするように抱き上げた時にはもう、リリーパ族は元の無邪気で愛らしい顔にもどっており…


「こいつ…頭いいなおい…」

「りぃ〜」


早苗の見えない場所でまた黒い笑顔を浮かべた。
トキヤは翔が「いつか潰す」といっているのを聞こえないふりで、先頭になった早苗に先を促した。
もちろん女性を先頭にするなど危険に晒すことはしたくないが、彼女は座学も実技も学年トップ2で、何も心配することは無いだろうと思う。


「りっ!りっ!」


少し歩くと、突如リリーパ族が前方を指さして鳴きわめき始めた。
幼子をあやすように、早苗は慣れた手つきでリリーパ族を抱きなおすとリリーパ族の指差す方向へまた歩きだした。リリーパ族の指先にしたがって、十字路を右へ、次のT字路を左へ進む。


「なぁ、相棒、そいつの言うこと聞いていいのか?」

「だって、ここの地理については私たちより詳しいはずでしょ?」

「そういうもんかぁ?」


---- 翔は相変わらずの子犬っぷりね、音也と競るわよ?

---- しょうがないだろ!だってやられたら、やり返したいし…

---- ガキねぇ、本当に息子を持った気分よ。ちょっとはトキヤを見習いなさい



過去の記憶が蘇る。その回想からふっと現実に戻った時、最後の曲がり角を曲がると、何やら小部屋のような場所に出ていた。


「ここに連れてきたかったの?」

「りぃ〜!」


小部屋の中はさながら独房のようなシンプルさで、奥側の壁が、下半分が突き出していることで出来た棚のようなものがあるだけだった。
早苗はリリーパ族をその棚に下ろすと、彼(?)は何やらペタペタと歩きまわり、

ズズズズズズズ…

その動きで何かのスイッチを踏んだのか、それとも動きそのものがスイッチだったのか。早苗の立っていた壁の中心に壁がせり出してきた。
丁度引き出しのようなそれに合わせて早苗が数歩下がり、その引き出しを見て小さく声をあげた。


「トキヤ、翔くん、これだよ…榊の葉っぱ」

「りぃ〜!!」


早苗が見ていないのをいいことにドヤ顔でこちらを見下すリリーパ族をひと睨みしてから、トキヤも早苗の右から引き出しを覗きこんだ。
引き出しの中には、指先から肘くらいの長さの棒に、緑色の鉱石で作られた葉っぱの飾りがついており、まさに榊の枝のようなデザインの短杖だった。
さらに2つずつの腕輪と指輪が入っており、持ち上げてよく見てみると、腕片方には赤、青、黄色の宝石が。もう片方には紫、橙、桃色の宝石が指輪は4つあり、それぞれに風水における四神、朱雀、青龍、玄武、白虎が刻まれていた。


「これが、二人の言ってた巫女の宝具か?」

「りぃ〜」

「いや、お前に聞いてねぇーよ」

「り"ぃーッ!」

「痛い痛い!ひかっくなよ!」


仕方なくリリーパ族を抱き上げて早苗の腕に収める。


「トキヤ、お父さんみたい」

「ありがとうございます。」


では母親は貴女ですね、とはまだ言えず。持っていたケースの中にそれらを収納すると、3人で地上へと戻るべく、もと来た道を戻ろうとした。

と、振り向くも、


「あれ?」

「…失態ですね、閉じ込められたのでしょうか」


扉が、というか、門扉の無い出入り口なくなっていた。一面ただの壁になっている。

嵌められたかと思い、リリーパ族を見やれば、彼自身もぽかーんとした表情で固まっていた。


「りぃ〜…」

「これって、壁に近づいたら開くとか」


コツコツとネイバークォーツのヒールを鳴らし、早苗が軽快に出入り口のあった場所に近づくと、


「……何も起きませんね」

「何も起きないな」


するとシュパッと早苗がロッドを構え、


「ギ・フォイエ」


壁に向かって爆発系の炎魔法を発動した。

が、


「壁、焦げてもないな」

「あーもー出してよー!」


そう言ってガンガンと早苗が壁を蹴りだした。ふと、昨日読んでいた小説の内容が、トキヤの頭に蘇った。


「もしや、この巫女の宝具を元の場所に置けば…」

「なんだよそれ、どこのRPGだよ!」


翔に突っ込まれつつも、トキヤは宝具の入ったケースを出っぱなしのひきだしの上に置いた。

うぃーん

壁の一部が勢い良く左の壁に収納されていった。


「「・・・・」」

「さて、バカにしてくれた翔を重しにして帰りましょうか」


言いながらまた宝具のケースを持ち上げると、扉は勢い良く締まり、持ち上げるとまた開いた。試しに、途中で拾ったギルナスのコアを置いてみると、宝具を置いた時と同じように勢い良く扉が開いた。

すると慌てて翔が扉の外にでて、ちょっと悔しそうな顔で小部屋の中を覗きこんできた。
トキヤは勝ち誇った気分で早苗の肩を抱くと、ゆっくりと小部屋を後にした。


「翔の出番がなくなってしまいましたね、すみません」

「うるせー!!」

「あぁ、でも翔は小さくて軽いですから、おもりにならなかったかもしれません」

「トキヤてめぇ、いつか絶対ぶっ飛ばす!!!」




Chapter.07 追憶の雫 END





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