<お守りいたします、MyLady この命を熱く燃やして、貴女を暖めましょう>




【Chapter.06 記憶の欠片】




凍土。
惑星ナベリウスの森林地帯の奥地に広がっている、半永久凍土のエリアについての俗称だ。森林を抜けた先に突如として現れる雪国は、この惑星の異常さを物語っている。

早苗は普段のネイバークォーツではなく、フォース用のエクスティオーと呼ばれる服装だ。流石に、


「寒い!!」

「仕方なかろう、雪山なのだ。俺は、花粉が飛ばなくて嬉しいが。」

「花粉症になるほど弱っちく無いんで、私!!!」

「普段、あのように節操の無い格好をしているから、そのように寒さへの耐性がなくなるのだ」

「嘘!それぜーったいに嘘!」


早苗は厚手のタイツでも寒さのあまり先程から地団駄を踏んでは隣に立っている真斗を母親モードに切り替えて会話を楽しんでいた。
何故歩き出さないかといえば、今日のもう一人のパーティーメンバーであるレンがやってこないからであって、あとで温かいココアでも奢らせよう。
背後のテレポーターが微かな起動音を立てて、レンがやってきた。いつもどおりのシャープオーダーと呼ばれる首周りがガッシリした戦闘服はとても暖かそうで、


「神宮寺、いっぺん死んでみる?」

「おやおや、レディはカニバリズムに目覚めたのかな?それもレディとなら良いかもしれないね」

「やめろ神宮寺、うちの子に手を出すな」


レンが母親モードから抜けれていない真斗に一発拳を入れられて、ようやく3人は凍土エリアを進み始めた。

今回の任務は「連絡途絶アークスの捜索」だ。トキヤと音也、翔のパーティも同じ任務についているはずで、先日の砂漠で起きた事件に巻き込まれた者を中心に、遭難の扱いになっているアークスの捜索を行なっている。


「凍土は毛皮が素敵な敵が多いね…あったかそう…」

「知っているかい、レディ。あのマルモスの背中は乗ることが出来るそうだよ」

「……真斗くん、乗ってきて良いよ」

「断固拒否だ。」


森林にいた狼のような原生種ガルフの色違いで「ガルフル」、毛むくじゃらの象、要するにマンモスのような「マルモス」、そして時折出てくる雪男のような「イエーデ」。どの原生種たちも暖かそうな毛皮に包まれており、正直、とても、羨ましい。

ふと、右手をレンに掴まれた。何かと思い見上げると、にっこりと微笑んでそのまま手を繋がれて手を引いてレンは先に進んでしまう。


---- おいで、姫


脳内に、何かが蘇った。


---- 今日は雪が降っているんだ。綺麗だよ


「ん、どうしたんだい、レディ。オレの左手を眺めても、薬指に指輪はついてないから安心して良いよ」


後ろで真斗が「汚らわしい!うちの子に何をする」と叫んでいるのが遠く聞こえた。なんだろう、この感じ。あの夢を見て目が覚めた時に似ている。何を、私は忘れているんだろう?


「うるさいな、聖川、ちょっと黙ってあそこを見ろ」

「うるさいのは神宮寺、貴様だ」


口答えしつつも、真斗はレンの隣までやってきて、指差す先を見つめる。そこには黒いモヤが発生しており、それは見る見る大きくなって中から蜂型のダーカー「ブリアーダ」が2体出現した。

慌てて早苗がロッドに手を伸ばすも、2匹はこちらが見えていないはずは無いのに何事もなかったかのように森の奥へと飛んでいってしまった。


「何だったんだろう、今の」

「この前のように、管制室から連絡も無しにフォトンが許容限界を超えた。またあの虫の大群に出くわすのかと思ったが…」

「あいつら、やけに辺りを見回して飛んでいったけど、探しものでもあるのな?」

「確かに、ダーカーのくせに私達アークスを倒すよりも優先すべき事項があった、ってことにはなると思う」


任務についてはあまり真面目でなさそうなレンも、今回ばかりは流石に可怪しいと感じているようで、管制室への通信を始めた。


「あぁ、セッシー、久し振りだね。1つ聞きたいんだけど、今オレたちの居る座標の…うん、そうだ。」


と、イエーデたちが通信をしている時に限って群がってきた。騒がしいと襲ってくるのだろうか?真斗が斬りかかりに行くのを見て、早苗はさっと攻撃力増大の魔法をかける。
更に自分とレンには防御力増加の魔法をかけて、二人の回りに炎の球体を魔法で呼び出した。それらの球体は円を描くように動きまわり、イエーデたちの接近を拒んでくれる。


「ありがとう、それじゃぁ」


通信が終わるのとほぼ同時に、最後の一体を真斗が切りつけた。真斗はイクタチを仕舞うと、こちらへ戻りながら、どうだと聞くようにレンに視線を投げる。


「フォトンの許容限界は検知していないそうだ。それで、連中の後を追いかけてみるのも良いかもしれない、と」


3人は他にどこに向かう宛もないと、ブリアーダの後を追いかけることにしてみた。

直ぐに後を追いかけることも難しくなるだろうとたかをくくっていたのだが、本当に何かを探すように飛んでいるブリアーダたちの進みはゆっくりで、こちらも徒歩で普通に追いかけられる速度だった。

時折セシルから通信が入り、フォトン濃度やその場の環境、それから不審なダーカーの目撃情報について連絡をくれた。
セシルによれば、トキヤのパーティからも似たような通信が入っており、不審な行動をするダーカーを追跡しているそうだ。


「で、ブリアーダたちの後を付けてきたはいいけど…」

「完全に、ただの登山だな…」


一歩ずつしんどそうに歩く早苗に手を貸しながら、真斗は恨めしそうにレンを睨みつけた。
空を飛ぶ彼らの後を付けるのも大分無理があるのだが、にしても虐めとしか思えない程過酷な場所を通っている。


ズルッ


早苗は足元の雪がゆっくりと滑りだした音に慌てて足元をみやった。が、特に異常も無さそうなので、立ち上がる。全く心臓に悪い。


ドサッ

「ありゃ?」


驚かせるなよなーと思いながら一歩踏み出すと、今度こそ雪の落ちる音と浮遊感に襲われる。


「え、うそ?」


遊園地の絶叫マシンは嫌いじゃないけれど、ただただフリーフォールする現状は、流石に命の危機で、


「ーーーーっ!!」


恐怖で声が出ない。

出たところで助けを呼べる状況でも無い。

自分の回りを高速でクレバスの壁面が上昇していく。

春歌の記憶も、不思議な夢も、何も解決してないのに。

助けを求めて彷徨った手で飛び出していた樹の枝に捕まえるが、それもあっさり折れてまた落下が始まる。


やばいな。

これ、死ぬのかな?

嫌だな。




_




_