---- 君のこと、誰よりも愛しているよ

---- 貴女の世界を守りたいのです

---- 守ってあげる、どんな敵からも

---- ずっと一緒に居ような




【Chapter.05 そっとあの日を夢に見て】




奇妙な夢だった。

自分の愛しいと思う人たちが、早苗を守るためにと進んで命を差し出すのだ。

これは現実じゃないな、と感じて目を開けようとすると、目の前の光が眩しくて、またちょっと目をつむる。

今度は細心の注意をはらって目を開けることに成功すると、視界には無機質な天井と洒落っ気のない蛍光灯。
男のくせに自分よりも綺麗な顔が、逆さまに写った。その顔はふっと優しく微笑むと早苗の前髪を除けて、頭を撫でてくれる。ちょっと冷たい手が心地良い。


「藍…」

「おはよう、ねぼけてるの?酷い顔だよ」


両手に何か握っているなと思い視線を動かせば、自分の右側にレンが、左側にトキヤ座っていた。しっかり手を握っているのは自分の方で、何故そうなっているのかは分からないけれど、それでも離しちゃいけないような気がして離せない。

ところで、自分はどうしてキャンプシップに居るのだろう。先程までダーカーの群れに襲われて、あの頭に響いてくる声に言われるがままに…


脳が一気に覚醒した。

ガバっと起き上がってみると、丁度キャンプシップがアークスシップに到着するところで、他のメンバーも全員が降りる支度を整えているところだった。


「早苗!あんた大丈夫だったの!?」

「と、友千香、ぐるしい…」


肩を掴まれてユッサユッサされながら、早苗は皆の顔を見回す。どうも、すごく安心した顔をされてしまっているようで、何かやらかしたっけ?と思考をフル回転させた。

そうだ、あの時、


<急々如律令!>


叫んで、むちゃくちゃな魔法を発動させた。全身に上手く力が入らないのはそのせいだろうか、フォトンを大量に消費して、体力が空っぽになったようだ。
空気中のフォトンも、なんだか不純物が混じっているように感じてなんだか取り込みたくない。
見ていて分かったのか、翔がフォトンクリスタルを手渡してきた。活性化フォトンの塊を抱っこすると、少しだけ元気になったような気がして翔に御礼を言えば「相棒なんだから当然だろ」と元気な笑顔が返ってきた。



キャンプシップからアークスシップへ降り立つと、白衣に身を包んだ二人の青年に出迎えられた。一人はセシル、同期で研究室へ入った子で、アグナパレスという国の王族らしい。もう一人はカミュ、この人は主に環境学を教えてくれていた指導員だ。こちらも同じく研究室の自然観察研究員だ。


「遅かったな。」

「皆さん!無事でしたか!」


こいつらまるで北風と太陽だなと思うほど、タイプの違う二人だが、よく管制室から二人で通信を送ってくるあたり、仲は良いようだ。


「はい、カミュ。これを調べておいて。遺跡にあるものと同じだと思うから。」

「愛島、お前の担当だ。それと、藍と嶺二、白崎は蘭丸が呼んでいる。」

「ランランが?後輩ちゃんを呼び出し?」


嶺二の言うとおり、早苗と先輩アークスである黒崎蘭丸に直接の繋がりはない。研修生時代に隣のクラスの担任だったくらいだ。結局考えても分からないので、怒られないと良いなと思いながら、体調を心配してくれる同期たちとは別れて蘭丸の執務室へと向かった。


彼の執務室はメディカルセンター等があるゲートエリアの奥、アークス上層部の執務室が並ぶ辺りの一番表にある。普通、蘭丸レベルのアークスには執務室は与えられないが、彼が歌手活動を行う上で利用するために割り当てられたそうだ。


「なんか、ランランが後輩ちゃんを呼び出すなんて、嫌な予感するなぁ…怒られないと良いけど」

「嶺ちゃん先輩、今まさにそれを考えてました」

「以心伝心しちゃった感じ?照れるなぁ〜」

「嶺二、デレデレしないで」


藍はきつくいって嶺二の足を踏みつけると、
軽い音で蘭丸の部屋をノックした。


「美風だけど」

「おう、入れ」


返事も待たずにズカズカと入りだした先輩二人を追って、早苗は一応一例と挨拶をして執務室に入ると、丁寧に扉を閉めた。

初めて間近で見る蘭丸の印象は、まず瞳が綺麗なことだ。アークス内でも珍しいオッドアイ、灰色の髪の毛。粗雑な印象も受けるけれど、野生の狼のようで格好いい。


「んで、お前が白崎早苗か」

「あ、はい、本年度修了、白崎早苗と申します」


すっと細まった目に慌ててお辞儀をすると、満足そうな吐息が聞こえたので頭をあげる。


「まず、てめぇらを呼んだのは、さっきのリリーパでのことだ」


言うと、中世を感じさせる執務室に似合わないプロジェクターを起動し、蘭丸はリリーパの地図と天気図のように書かれているフォトン濃度の濃さを示す図を表示させた。


「まず、これがお前たちが行く前、5日前の値だ」

「フォトン濃度、低いね」

「これくらいがリリーパの普通だな」


蘭丸は手元でマウスをカチカチ言わせると、次の画像を続けて映しだした。


「これがお前たちがリリーパへ探索申請を出す直前、こっちがリリーパへ出ていったついさっきの画像だ。こっからは1分あたり1秒で動画にするぞ」


青色や緑色で安全帯の値が表示されていた地図は、申請を出した時に黄色、そして自分たちが突入した時にはリリーパの砂漠地帯の一面が真っ赤にそまり、今にも空間許容限界に達しそうだ。


「待ってください、でも、こんなに空間許容限界が近かったら、管制室から通信が入るはずですよね?」

「あぁ?ちゃんと管制室へオレは伝えて、リリーパへ行ってた連中に警告を出すところもこの目で見てるぞ。お前らには通信がいかなかったのか?」

「申し訳ないけど、聞いてないなぁ。ね、アイアイ。途中でセシルくんから通信が入るまで、僕達は何も通信は受けてなかった」


藍は小さく頷くと地図と手元の端末とを見比べながら小さく首をかしげていた。


「僕達の通った道、正確に言うなら、トキヤと真斗の通った道だけ、空間許容限界に達している…こんなことありえない。まるで二人が台風の目になってるように、動いてる」


藍が手を伸ばして蘭丸に端末を見せると、確かにというように彼もまた頷いた。


「問題がまた増えやがったな。実はこれとは別で、コイツを見なかったか聞きたかったんだ」


蘭丸は机から紙束をとって差し出した。表紙には"通信途絶者"と書かれている。受け取って早苗がペラペラと見始めると、中にはテオドール、クロトといったアークス数人の名前が記載されていた。後ろからかたごしに覗いていた嶺二がふぅんと鼻を鳴らす。


「これって、トッキーの言ってた都市伝説のことかな?目撃情報に"黒い影に包まれて消えた"ってあるけど」

「あぁ、それで、こいつが最新の被害者だ」


蘭丸は更に一枚紙を差し出してきた。


「昨年度のアークス修了生、最終の探索申請が…ちょっと、ランラン、これって…」

「そうだ、お前らと同時刻。だから偉い連中がお前らに聞けってうるさくてな」


なるほど、疑われているのだろうなと、早苗はちょっと落ち込んだ。偶然なのに。そうは思っていても、上層部の偉い人からしたらこの「アークスが黒い霧に包まれて消えてしまう」なんて怪事件、とっとと解決したいはずだ。仕方もないだろう。


「そういえば、トキヤと真斗が、黒い人影を見たって言ってたよねアイアイ、後輩ちゃん、覚えてる?」

「そういえば、ボクたちがダーカーの群れに襲われる直前も黒い人影が居たよね。その後の襲撃が凄くてすっかり薄れていたけれど」


嶺二と藍の言葉を受けて、蘭丸がプロジェクターに襲撃時の地図を映しだした。地図は赤いを通りこしてすっかり黒くなってしまっている。自分たちの回り一帯が全て許容限界値を超えていたようだ。


「確かあの時、黒い人影が私たちに迫ってきて、その黒い人を中心にダーカーが出現しました。」

「まるでソイツがダーカーを呼んだみたいな言い方すな、お前。」

「実際、そういうふうに見えたんだから仕方ないでしょ?ボクにも、そう見えた。」


そのまま再生されていた地図が、パッと緑色に戻った。自分が魔法を使ったのだろう。


「とりあえず、次に話を聞いたほうがよさそうなのは、一ノ瀬と聖川か…協力は感謝する。ほらよ」


ぶっきらぼうに御礼を言った蘭丸からどうにか紙切れを受け取ると、


「あ!!"カフェ・ザ・早乙女"のケーキバイキング券!」

「女子が好きそうな報酬っていったらそれだろ。行ってこいよ。くれてやる」

「ありがとうございます!」


早苗の喜びっぷりに呆れつつ嬉しくなったりしつつ、蘭丸は少しだけ柔らかい顔で3人を見送った。




その後、仕事が出来たと言って嶺二が帰えり、呼ぼうと思った友千香もその任務に同行するようで、


「あ、あのさ、早苗。」

「藍先輩どうしました?」


柄にもなくもじもじと言葉を選んでいる藍に、早苗はちょっと驚いて丁寧に聞き返してみると


「カフェ・ザ・早乙女のシュークリーム食べたい」



数十分後。

レトロな下町風のカフェに早苗は藍と共に入った。指導員としてもアークスとしても、そして研究員としても有名な藍はこういうショップエリアに来るとひと目を引く。ここに入る時も買い物に出ていた女性たちの痛い視線に晒されて、ダーカーを倒した時以上に疲労困憊だ。


「すみません、昼下がりの紅茶セット2人分とこのチケットでケーキ、お願いします」

「かしこまりましたー」


可愛らしい店員さんに、上機嫌の藍が注文を入れると、直ぐにケーキの食べ放題に案内された。二人は好きなケーキを好きなだけとると、席につき、すぐさまやってきた店員さんに紅茶を入れてもらってようやく一息ついた。


「で、体のほうは大丈夫なの?」

「とりあえず、今は異常ありません。研修生の時に実技でしごかれた程度の疲労感はありますが」


良かったと言ってシュークリームの皮を剥きだした藍はそれきり集中して皮を向いており、早苗も一人でケーキをつついた。


「早苗」

「なんですか?」

「ボクたちは何処に向かうんだろうね」


質問の意図がつかめず、一瞬手が止まる。それも彼にはしっかりバレているのだろうけれど。


「川を流れてる葉っぱと同じですよ」

「葉っぱ?」

「確かに下流に向かってはいるけれど、途中で右にいったり左に行ったり。石にぶつかって止まったり。何があっても、絶対に下流には向かってるんです」


自分が何が言いたいのか、藍が何を聞きたかったのか
さーっぱり分からなかったけれど、
それでも藍は満足したように残りの皮を食べ始めた。



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