しばらくすると、早苗たちのやってきた道の右側から、
トキヤと真斗のペアがやってきた。
やはり3つの道は結局つながっていたようで、
そのまま残る一本の奥へと向かった。


「ねぇ、マサ!マサの武器ってすごかったんだね!」

「あぁ…イクタチのことか?」

「さっき青組の二人を待ってる時に、
 マサヤンは凄いねって話題になったのよ」

「音也なんかめっちゃビックリしてたんだぜ?」


賑やかな中、トキヤがふと思い出したように藍に近づくと、
神妙な顔で先程出くわしたという事象について話しだした。


「先程、黒い人影を見ました」

「人影?ボクたち以外のアークスじゃないの?」

「いえ、黒いというか、まるでその人影の周囲だけ
 フォトンの空間許容限界が近い様に、影ができていました」

「まるでその人がダーカーに食べられている様に、見えたわけだ?」


レンが隣から話に混じりだした。
ちょっとバカにしたような、寂しそうな顔で言うそれは
最近話題になっている都市伝説らしい。


「じゃぁ、トキヤはその行方不明になる瞬間を見たかもしれないんだね。
 だったら、帰ったら一度報告を上げたほうが良い。
 万が一っていうこともあるから、」


Aクラスのおしゃべりを他の面子が聞くかたちで、
レンと那月に挟まれた早苗は歩く。

疲れてきたのか、はたまた背の高い二人に囲まれているせいか、
だんだんと足元が覚束なくなってきた。
早苗は自覚症状があるようじゃまずいよなと思いながら、足元に目をやった。


「ねぇ、藍先輩…これって…」

「うん、居るね」


フォースの早苗も、テクターの藍もフォトン感応力が高い。
自分たちの足元のフォトン濃度が異様に高まっていることに
気づいて二人は足を止めた。

先頭を歩いていた嶺二も立ち止まり、振っていたマラカスも仕舞う。
藍が警戒していることに気づいたからだろう。


「ここ、リリーパで地中の行動が可能なダーカーは
 グワナーダのみ。当然これもグワナーダだろうけど…
 早苗、数は分かる?」

「あいつらの触手もたくさんあるせいで…
 多分、3か4…」


足元から溢れてくる禍々しいフォトンを読み解く。
数学や化学の方式を解くように、頭の中にフォトンの式をイメージして、
その数を精査し、数え、答えを導く。

自分たちがそれこそ数学のような感覚で行うこの作業も
他のジョブの人には出来ないそうだ。


「音也!真下に攻撃!」

「オッケー!クルーエルスロー!!」


本来、敵を突き刺して投げ飛ばすような技のそれを地面に放てば、
刃はざっくりと地面に突き刺さり、

ギャァアアアアアァァァアアァァアァアアァァァア

耳に痛い叫び声と共に、地面からグワナーダが飛び出した。
アリジゴクのように周囲の砂を操り、口元にある大きなカマをシャキシャキいわせ、
いかにも砂漠の悪魔ですという黒い体に、その場にいた全員が戦慄した。


「うわっとと…」


音也は突き刺した剣が抜けないのかそのまま頭の上に乗せられ、
グワナーダと共に移動していく。


「嶺ちゃん先輩、右方向に攻撃!」


嶺二の双剣「朧」がダークスケルツォを放つ。
その後、レンと那月の足元にもう一体のグワナーダが頭をだし、
アリジゴクのように周囲のものを吸い込み始めた。


「後輩ちゃんたち、捕まっちゃ駄目だよ!
 あれ、一発でお陀仏だから!」


周囲に一緒に出現してきたダガンたちをも飲み込んで、
グワナーダはムシャムシャと咀嚼していく。


「ザンっ」


小さく呟いて風魔法を発動した藍から、
緑色のカマイタチがブーメランのように飛び出した。
一定の距離まで飛んで戻ってくるそれを、ジャンプして回避する。
それはまた反対側へ飛んでいき、戻ってくるのでかわす。
その一連の流れを繰り返しながら、藍は風の刃を増やしていく。

同じ風の魔法も、それを打ち消してしまうであろう氷や炎の魔法も使えない。
早苗は一瞬巡らせると、武器を持ち直し、周囲のフォトンを吸収した。


「グランツ!」


光の刃がグワナーダの上空に出現し、勢い良く一点めがけて降り注ぐ。

最初の一匹には翔と友千香、真斗、そして頭の上の音也が、
次の一匹は早苗と藍の手で殆ど虫の息になっており、
更にもう一匹出現したグワナーダにはレン、トキヤ、那月、嶺二が取り掛かった。

風と光の魔法で周囲の触手が一掃されると、
グワナーダはパタンと倒れ、普段地中に埋めたままの部分を晒す。
そこに二人分の魔法を叩き込む。
それを2,3回繰り返すだけで倒せる程に、法撃職の火力は高い。

手こずっている音也たちの方に向けて攻撃力増加の魔法シフタを放つと、
早苗は嶺二の方へ合流した。藍はそのまま音也たちのフォローに入った。

射撃職が二人に接近職が一人。面子のジョブを確認すると、
早苗はこちらにもシフタをかけ、それぞれの傷を見て回復魔法もかける。


「グワナーダ本体より前に触手を倒して!
 じゃないと弱点部分が出てこないの!」


3人に叫ぶと、早苗は先程の藍を見ならって広範囲魔法を考える。
彼のように上手にザンをたくさん出すことは出来ない。

なら、


「ギ・グランツ!」


早苗の周囲に大きな光の剣が現出した。
自分を中心に光の花が咲いたような見た目のそれは
そのまま高速で回転し、周囲の触手を切り刻んでいく。

パタリと倒れたグワナーダにレンと砂月がウィークバレットを打ち込む。
弱点部分に更に重ねられた技で、グワナーダの腹部は脆さを増し、
嶺二のダークスケルツォとトキヤのバンタースナッチが打ち込まれ、
グワナーダは息をひきとった。


「ふぅーさっすが後輩ちゃん!
 知識もたっぷりで頼り甲斐あるなぁ」

「接近職を活かす戦い方も素敵ですね」


高火力で敵を叩きのめすばかりがフォースじゃない。
授業中に言われたことを思い出して、真面目に授業受けてたけど
結局覚えてたというよりは直感で動いてるよな。
社会に出たら勉強なんて役に立たないんだな、なんて早苗は小さく笑った。

すぐにもう一匹の方へ向かうと、丁度そちらも倒し終えたところのようで、
翔がこっぴどく藍に叱られていた。


「どういうつもりなの、翔。
 レンジャーのくせに突っ込んで行って、死にたいわけ?」

「だって弱点晒してるんだぜ?今行かなくていつ行くんだよ!」

「そこに他の接近職が切りかかっていくことくらい分かるでしょう?
 それを見越してウィークバレット打ち込むのがキミの仕事…
 これだからAランクのクラスは嫌なんだ…」


藍はブツブツと言いながら向かってきたこちらの団体を見ると、
すぐさまこちらに歩いてきて「やっぱりSクラスが好きだよ」と
早苗に寄り添った。
友千香がニヤニヤとこちらを見てくる。
「教師と生徒の恋愛…いいわー燃えるわー」と
彼女の目が語っているので帰ったらフルボッコだ。









「美風先輩、寿先輩、すみませんがこちらを見ていただけませんか?」


グワナーダを倒した時に落ちたらしい素材を漁っていた真斗が、
気味悪そうな顔で先輩を呼び寄せた。

藍に掴まれたままで一緒にそれを覗きこむと、


「これって、鉱物?」

「浮遊大陸にあるクリスタルに似てるねぇ。
 アイアイは知ってる?」

「確かに古い時代のものだけど、
 どちらかと言うとナベリウスの希少鉱物に見える。」

「ナベリウスで鉱物なんてとれましたっけ?」

「あぁ、早苗は知らないか。」


藍は真斗が見つけたその黒っぽい石のようなものに
赤いラインが入ったそれを拾い上げると、パッパと埃をはらい、
丁寧にハンカチでくるんでしまった。


「最近、ナベリウスの森林地帯の奥、凍土地帯とはまた別に
 遺跡が散在するエリアが発見されたんだ。
 うちのラボからも何人か研究員が出向いている」

「その、遺跡エリアの遺跡に似てるの?」

「使われている鉱物もこの特徴的な赤いラインも、
 同じものだと思う。このボクがそう思うほどに似てるんだ」


---- 気をつけて


一瞬、他のメンバーの声が消えたかと思うと、
ナベリウスであったあの声が響いた。

回りの音が帰ってきた時、こちらに向かって"黒い人影"がやってきた。

全員が気づき、固まる。


「美風さん、これです。私と聖川さんが出会った"黒い人影"は…」


まるでダーカーが出現する時のように禍々しく
黒いオーラを放ちながら、その人影はユラユラとこちらへ近づいてくる。
早苗の視界の端で、友千香が尻餅をついた。

人間がダーカーに汚染されているような、


ウィンウィン

『管制室セシルより美風、寿の両パーティに連絡でス。
 周囲のフォトン濃度が許容限界を超えています。
 ですが、ダーカーの出現が確認できません。何か、異常事態ですか?』


ノイズ混じりの管制室からの通信が入る。彼の言葉が終わるかどうかの瞬間に
黒い人影の周囲の空中に、黒いモヤが漂いはじめ、
まるで空間を裂くようにしてダガンが出現した。

別に、修了試験の時よりも大分戦闘慣れしてきているのだ、
余程でなければ今更驚いたりもしなかっただろう。

10人の視界を埋め尽くす程に、
黒い人影を中心にダーカーが出現し始めた。
走って切り抜けることも、全て倒してしまうことも
難しいだろうと思うほどの数が。


『美風、寿の両パーティ、聞こえますか?』

『返事をしろと言っている愚民どもっ!
 何が起きているのかほうこk

ブツン


全員の耳元で、通信の途絶音が響いた。


「おいおいおいおい、これどうするんだよ!?」

「どうにか、レディたちだけでも逃がしてあげたいんだけど…」

「レンレン良いこと言った、後輩ちゃんたちが帰れれば助けも呼べる」


その言葉に、友千香は真斗に、早苗は翔に手を引かれ、
男性陣の中央へと寄せられる。


---- 大丈夫、逃げて


また頭に声がした。
いつもとは違う。
声だけじゃない。


「みんな、避けてね」


どこに何の魔法を使えば良いのか、
そのビジョンが、不思議な声から伝わってくる。

メンバーが全員ぽかんとしているがそんなの気にしている場合じゃない。


「天を我が父と成し、地を我が母となす。
 六合の中に在り、南斗、北斗、三台、玉女。
 左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武。
 扶翼…」


体の中にフォトンを大量に貯めこむ。
純度を高め、普通に取り込むよりも体に負荷がかかっているようにも、
体がどんどんと軽くなるようにも感じる。奇妙な浮遊感。


「急々如律令!」


視界に写っているダーカーの頭上に、グランツが降り注ぎ、
光の刃に貫かれたダーカーたちは一度の攻撃で、黒い霧になって消えていく。


「すごい…」


そう呟いたのが誰かも分からずに、
魔法の発動が終了した早苗はそのまま意識を手放した。



Chapter.04 もっと今日が続くなら END




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