「危ないっ」


目の前に綺麗なミント色が飛び出した。


「ギ・ザン」


振った杖から同じ様なミント色の風が巻き起こり、
雄叫びによる振動を中和していった。
黒いアドヴェントスに身を包んだ藍は、
チョーカーについている長い2本の飾りを揺らして振り向いた。


「全く、新米アークスは帰って来い。
 さっきリューヤが言ってたでしょ?」

「すみません…」

「まったく早苗は、研修生時代からどれだけボクを心配させれば気が済むのさ。
 四六時中ボクが着いていないと駄目だね」

『アイミー、こっちも合流完了だ』


通信機からレンの声も入ってきた。
更にアークスシップからの通信が入ってくる。


『レン、アイ、生きていますか?』

「勝手に殺さないでくれる?」

『はじめマシテ、早苗。ワタシはセシル。
 アークスシップの自然保護研究員です。』

「あ、は、はい、はじめまして」

『助けが遅くなりスミマセン。
 ヴォルドラゴンの頭についている、黒いコブのようなもの、
 見えまスか?あれが彼の弱点です。』


言われて、足元の氷を剥がそうと必死なヴォルドラゴンに目をやれば、
確かに、頭の上に黒いコブがついている。


「的小さっ!」

『グズグズするな愚民ども。早く帰って来い』


最後に盛大な声量で、研修生時代の指導員が怒鳴ると、
ぷっつんと通信は途絶えた。


『そろそろ、ドラゴンの氷が限界です。
 私の方ももう動けます。いきましょう。』

「わかった、それじゃぁ、早苗は最初に足止めを
 レンはウィークバレット使えるね?
 ボクとトキヤで攻撃するから、後の補助は早苗がよろしく」

『『「了解」』』


ボキボキバキバキとヴォルドラゴンの足元の氷が割れはじめた。
早苗は先立って周囲のフォトンの吸収を始め、
狙いを定めて授かった杖を構えた。


「バータ!」


氷が無くなってヴォルドラゴンがこちらを振り向く寸前で、
また足元に氷がはる。今度は先程よりも余程良い所に当たったのか
ドラゴンの膝のようなところまで凍りついている。

そのまま、早苗と藍から見て右奥の方から、
幾筋かの弾丸が流れ込み、正確に頭のコブへと入った。
ウィークバレット、弾が当たった場所を弱点に出来る、
狙撃手のみが使える魔法のようなものだ。

その間にもトキヤはかけ出しており、一度こちらに目線を飛ばしてきた、


「ギ・ザン!」


トキヤの足元にカマイタチを作り、そのまま跳躍した彼はヴォルドラゴンの頭上に入る。
トキヤが斬りかかる寸前に藍の氷系統の魔法がヴォルドラゴンに絡みつき、
早苗の放った補助魔法がトキヤにかかる。

大きく振りかぶられたトキヤの愛器は
狂うこと無くこぶの部分へとスキルを打ち込んだ。



時間が止まったように感じた。
ヴォルドラゴンは、静かに傾いていき、そして
大きな地響きをたてて巣の中に倒れた。
頭からコブの部分が取れて、地面に打つかると砕けて砂に混じった。


ペタペタというような足音と一緒に巣の入り口から龍族たちがなだれ込んできた。
キーキーと高い音を出して飛び跳ね、中には人間と同じ様に
手を取り合って踊るようなことをしている者もいた。
一瞬消えていた全ての音が、濁流になって帰ってきたように感じるほど、歓声は大きい。


「お疲れ様」


目の前に差し出された手に顔を上げれば
いつの間にか座り込んでしまっていた自分に藍が手を差し伸べていた。


「全く、帰還するまでが任務ですよ」

「よく頑張ったね、レディ。」


トキヤが寄ってきて後ろから抱き上げて、
藍が左手を、レンが右手を握って立たせてくれる。


「にんげん、かんしゃ」


よぼよぼのディーニアンがやってきて、ゆっくりと頭を下げた。
早苗は3人に抱えられてあまり決まらない格好でそれに答えて頭を下げる。
するとディーニアンは満足したように微笑むと、群れの中へ帰っていった。


ウィンウィン


『美風、神宮寺、一ノ瀬、白崎。よくやった。
 今からキャンプシップへの帰還用テレポーターを出す。』


本部からの通信に、4人はそっと微笑み合うと
龍族からの感謝の意を示すのだろう踊りと声、
そしてトキヤの探していたクリスタルや早苗の龍族の杖を受け取り、
キャンプシップへと帰還した。




アークスシップへと戻るキャンプシップの中で、
4人は龍族から渡されたものの整理をしていた。
彼らの長が汚染にあったことで甚大な被害が出ると思われたものの、
偶然あの場に居合わせたアークスが居たお陰でそちらに気がそれ
龍族内での被害はほとんど無かった。
研究員のセシルからの通信でそう説明されれば、
この盛大すぎる手土産も納得出来るような気がした。


「で、正体が分からないのは、早苗の杖だけ?」

「はい。」


杖の欠片、龍族の鱗、火山洞窟にのみ咲く花とその種子、
様々な手土産の中に、早苗が直接あのよぼよぼのディーニアンから受け取ったのは
龍族が使うような、溶岩を固めたような材質の柄に、
クリスタルのモチーフが先端についており、
そして全体に古代文字なのかナメクジのはった後なのか分かない
グニャグニャとした彫り物がされている。


「随分と神秘的なデザインだけど…呪いや何かの可能性は?」

「レン、頭使って。これでもボクも早苗もフォースで
 そういった類のものには敏感だよ。」


語り合ったところで、キャンプシップの脆弱な設備では解決しないと、
4人は補給を済ませて談笑を楽しむことにした。

しばらくすると、またキャンプシップの通信がなった。
コードはアークスシップ内のメディカルセンターからだ。

トキヤが無造作に通信をオンにする。
映しだされたのはピンクのナース林檎と、
画面に食い入るようにしている春歌だった。


『早苗さん!』


今にも泣き出しそうな春歌に驚きつつも、
早苗はどうにか笑顔を作って答えた。


「ど、どうしたの、春歌ちゃん」

『驚かせてごめんなさいね。
 さっきアークスシップ内にも警報が鳴って、
 ハルちゃんたら早苗ちゃんのこと心配で通信するって聞かなくてね…』


困ったような嬉しいような顔で笑う林檎に、
レンとトキヤは素直に表情を緩めていた。が、
春歌と目があい、早苗の持った杖に彼女の視線が移動したとたん、
二人はお互いの中で何かが共鳴するのを感じた。
そうだ、探しものは…


---- 助けて


修了試験の日、聞こえた声がまたした。


---- 私は知っている

『私、知っています』


声が聞こえていない他の4人も、二人の様子に
笑みを止め困惑の表情で固まった。


---- その杖は…

『早苗さんの、その、杖を…』




Chapter.03 やっと昨日が終わるから END





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