<あなたには真実を知る権利がある。
 真実を知るためには越えねばならぬ壁がある。
 それをまだ語ることの出来ない私を、
 どうか許して欲しい……>


【Chapter.03 やっと昨日が終わるから】



惑星アムドゥスキアの探索許可を得てから2日、
早苗はレンと藍、嶺二とパーティーを組んで探索を行なっていた。
様々な素材を持ち帰り、春歌に見せては気になるものが無いか確認し、
少しでも気になるものは沢山あつめたりそれの上位アイテムを探したり。
3日目はあっという間にやってきた。

今日は藍も嶺二も仕事、レンは財閥の代表に呼ばれて、と
一人で火山洞窟の中へとやってきていた。
初めて探索エリアにソロで出撃しているせいか、
手汗がひどいことになっている。

背後で少しでも音がすれば飛び上がってしまうほどに。

ポンッ


「ひぃやっあぁああ!?」


気配も音も無く自分の肩に乗った何かに、
早苗は全力で悲鳴を上げて尻餅をついた。
腰骨が痛い…。


「すみません、まさかそんなに驚くとは思っていなかったもので」


振り向けば、嶺二と同形で色違いの戦闘服に身を包み、
背中には大剣を背負ったトキヤだった。


「び、びっくりした…」

「貴女は、初めてのソロ活動で緊張でもしていたのでしょうね
 良くも悪くも初心を忘れない人ですから」

「トキヤ、それ褒めてるのか貶してるのか分からないです」

「私はただ、お互いソロなら行動を共にしようかと声をかけにきただけですよ。」


話を聞けば、彼もまた個人への依頼でとある素材を集めているのだそうだ。

見せてくれたのは澄んだ青色といかにも自然のものですと言った
緑や藻の色のような水晶で、確か教科書にも載っていた気がする。
そう言えば流石ですねと柔らかい微笑みが返ってきて、早苗はすっかり同行する気になっていた。

そもそも、研修生時代からそうだったのだが、
何かとトキヤは仏頂面で誤解されやすいが、かなり情熱的な人だ。
レアな笑顔を見せるのはそれこそ同じ成績上位者にのみで、
その中にいた女性が早苗だけだったこともあり一時ひどい目に遭った。


「ところで早苗、貴女が集めている素材はなんですか?
 同じ所で採取できれば良いのですが、もし別の場所になるのであれば
 私もそちらにお伴しますよ」

「私のは龍族の持っている杖の欠片。
 ほら、ディーニアンっていう龍族が魔法使うでしょ?
 あの子たちの杖を集めてるの」

「あぁ、それでは二人でキャタドランの巣の方に向かえば良さそうですね」


ちょこまかと足元に湧いて出てくるディッグと呼ばれる
小型の龍族を排除しながら、二人はのんびりと歩いて行く。

まだ大型の龍族が出てくる場所ではなく、
時折ダガンの出現も確認できるがそれほどの数ではない。
最も、修了試験の時よりも確実にレベルアップしているのだ、
ペアで戦えば負けることは無いと二人は自負していた。

その後もいく集団かの龍族と戦っては素材を集め、
冷静な状態を保っていた龍族から杖そのものを分けてもらったりもした。

そしてトキヤの言っていた"キャタドラン"の巣に近づくにつれて、
二人の周囲に妙な気配が増えてきていた。
最初は早苗も龍族の土地だから、大勢居るのだろうと気にしていなかったが
二人を囲むようなその気配に耐え切れなくなり、足を止めた。


「トキヤ、これ、何?」

「分かりません。襲ってこないのは、恐らくまだ理性を保っている龍族だと
 私は判断し無視していたのですが。流石にこれは気になりますね。」


トキヤも立ち止まり、早苗の側に寄る。
すると、周囲から武装した状態の龍族、魔法使いのディーニアン、
剣士のソル・ディーニアン、射撃手のシル・ディーニアンの群れが
わらわらと酔っているような足取りで現れた。

警戒して彼らの目を見てみるも、特に凶暴化している様子ではない。


「にんげん、たのみ、ある」


その群れに守られるように出てきた一匹のディーニアンが
これも足取りと同じ様にタドタドしい喋りで訴えてきた。

随分年老いたような彼(もちろん早苗に龍族の年齢を図る術は無いが)は、
二人のことをしっかりと見上げて、言った。


「おくに、いる、ヴォル。……あばれ、とまるない」

「早苗、理解出来ますか?」

「この先に、奥に居るのはヴォル、暴れて止められない
 多分、この先の巣はキャタドランじゃない、龍族のボス
 ヴォルドラゴンの巣なんだ…皆が弱ってるのはヴォルに、やられた?」


ウィンウィン


通信機が音を立てて受信を知らせた。
龍族も怯えた様子を見せない。死の覚悟を持っているからなのか、
はたまた人間に慣れているからなのか。


『惑星アムドゥスキアにて活動中の全アークスに通達。
 龍族より正式通達、龍族の長ヴォルドラゴンの凶暴化を確認。
 いいか、新米アークスは無理すんな。熟練ももちろんだ。
 生きて帰ることを前提に、出来る限りで龍族に協力するんだ、以上』


プツンと大分聞き慣れた音を立てて通信は途絶えた。
見渡せば、周囲の龍族たちは真剣な眼差しでこちらを見つめている。


「冗談じゃねぇぜ!帰る!オレは帰る!」


酒ヤケした叫び声に振り向けば、洞窟の坂道を
一人のアークスが駄々をこねながらキャンプシップへとかけ戻っていった。
武装がかなり高額なものであったし、恐らく熟練と呼ばれる人だろう。

早苗は龍族に恥ずかしいものを見せてしまったと思いう反面で
自分も逃げ出してしまいたい気持ちにかられた。

と、それを悟ったわけでもあるまいに、
トキヤは早苗の手をぎゅっと握り、そのままヴォルドラゴンの巣へと足を向けた。


「まってトキヤ、本当に大丈夫?」

「大丈夫も何も、任務です。」


でもとグズると、トキヤは一度足を止めて振り向き、
真っ直ぐにこちらの目を覗きこんで言った。


「貴女は私が必ず、生きてシップへ連れて帰ります。
 ですからどうか、私を信じて着いて来てはいただけませんか?」


勢いに負けて頷くと、トキヤは安心したように笑うと、
そのまま早苗の手を引いて巣へと入ろうと進み始めた。


「にんげん、もて、いけ」


後ろの龍族の声に振り向くと、何やら赤く大きな杖が飛んできた。


「"レッドプロセッサ"、つかう、いい」

「ありがとうございます!」


柄は虫食いの三角錐のようなデザインで、
先端にはトゲトゲを片側に寄せた太陽のようなデザインのモチーフがついていた。

レッドプロセッサ。レアリティの高い、火山洞窟で手に入る杖の1つだ。


トキヤに手を引かれたまま、早苗は細く歩きづらい岩場を進んだ。
早苗の愛用している戦闘服・ネイバークォーツは露出も高く
風通しも良いが、その分熱波ももろに浴びることになる。
氷の魔法で周囲を冷やしながら進むうち、
奥のほうから重たいものを地面にこするような音が聞こえてきた。


「居ますね、ヴォルドラゴンが」

「今朝のおはやっほーニュースの占いによると、
 私の星座のラッキーアイテムは異性の知り合いなのだよ。」

「では、私が居れば問題ありませんね」


緊張をごまかそうと言ったはずのセリフに、
逆に顔が火照る事態になってしまった。これはまずい。

二人は道の終わり、巣になるのであろう開けた場所へ出る寸前まで行き、
中の様子を覗きこんだ。

流石ドラゴンといった青い鱗の硬そうな体、大きな爪と牙。
先程のアークスではないが、帰りたい。

早苗は視線を感じて帰りたいのがバレたかと焦って
トキヤの方へ向きなおれば、彼は慌てて目を逸らした。


「何…?」

「いえ、その…そのこまで露出の高い格好だということを、
 改めて確認させられてしまいました…」


ほんのり赤くなっているトキヤに、自分の格好を改めて見下ろす。

確かに隠れているのは、胸元と腰回り、腕と膝下までだ。
肩とお腹、太ももはばっちり見えているし、
何より壁にお尻をつけて巣を覗きこんだ体勢は
トキヤから見ると胸の谷間がとても良く強調されており…


「何こんなときに意識してるのバカ!バカトキヤ!」

「でしたら、もうちょっと女性らしい清楚な服装を選べば良いでしょう?」

「だって他に似合う服なかったんだもん!」


じっとにらみ合い、火花を散らす。
と、ふと視線を感じて見上げると。


「ガルルルル…」

「「ーーーーー!!!」」


大きな目は近くで見ると怒りに我を忘れているのがよく分かる。
目前に居たヴォルは大きく息をすい、


「伏せて!」


ゴウゥッ


灼熱の吐息が先ほどまで早苗たちの立っていた場所を襲った。
そのまま二人はヴォルドラゴンの足元へ転がり込み、そのまま尻尾の方へと抜ける。

大きな体だが、やるしかない。


「バータ!」


氷の魔法がヴォルドラゴンの足元へと飛ぶ。
尻尾の攻撃をよけながら何発か撃つうちに、
ヴォルドラゴンの両足は完全に地面に縫い付けられた。


「トキヤ、今のうちに切って!」

「任せてくださいっ!」


尻尾を避けて空中に飛び上がったトキヤが、そのまま技を放つ。
たしかあれは"クルーエルスロー"?

攻撃をきっちり当てたトキヤがまた空中へ飛び上がり、
かなり遠くへ着地したことで気が抜けたのだろうか、
早苗はヴォルドラゴンが大きく息をすったことに気づかなかった。


ぐるぅあああああああああああああああああ


全方位に響くヴォルドラゴンの雄叫びは、
空気の振動ただそれだけで、生身の人間に十分なダメージを与える。


「危ないっ」





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