レンのクラスもレンジャーで、翔と同じようにアサルトライフルを腰に下げていた。翔のものと同モデルにも関わらずレンが持つと大分小さく見える。このネタで今度翔をからかってみよう、身長のことは大分気にしていたようだったし。


「レディはフォースだね。オーケイ。研究員の指定は「ザ・ウーダンの肉」と「ガルフの爪」オレたちが必要なのはオレンジの花とピンクの花。奥のほうまで行かなくちゃならないようだ。」


ぼやきながらもレンは二人分のドリンクを取り出し、こちらに丁寧に渡すと、飲み終わる良いタイミングで受け取りに来て片付けてくれた。なんだこれは、御曹司とはみんなこんな感じなのだろうか。


「さて、いくとしよう」





 -- 数時間後 --





「すみません、何も思い出せません」


レンと早苗はその場にガクーリと膝をついた。メディカルセンターはその様子に笑うナースたちの声で賑わっており、お前ら笑ったな?覚えとけよと早苗が恨みを込めた目で見ると、さらに笑いが大きくなって辛い。


「でも、凄く綺麗なブーケですね。ありがとうございます」


もう春歌が笑ってくれたから良いようなものの、これで何もなかったら死にたい。


「だって、気がついたらまだ進入許可されていないロックベアの巣に入っちゃったなんて、レンちゃんも早苗ちゃんもお茶目ねぇ」

「笑い事じゃないぜ、林檎さん」

「倒して帰ってきたから許して…」


こんなことなら翔も呼んでおくんだったと後悔するも、そもそも後から悔やむことをそう呼ぶだけに、今更である。


「あれ〜レンくんに林檎せんせぇ、どうしたんですかぁ?」


妙に間延びしていてけれど嫌味じゃない、不思議な声に顔をあげれば、同じく先日の一件でアークス試験に合格した四ノ宮那月だ。


「やぁシノミー。オレたちは人助けの真っ最中だよ」

「あ、早苗ちゃんも一緒だったんですね、いいなぁ、仲良しで」


神宮寺と仲良し、だと…
激しく誤解だと言いたいが、言えば那月が泣きそうな顔になると思うと彼の言った言葉を否定するのは駄目、ゼッタイ!だと思ってしまう。


「試験の時に私と翔くんが保護した女の子が居たでしょ?あの子、どうも衰弱とかで記憶喪失みたいなの。それで、どうにか記憶を取り戻す手掛かりを探そうってなって…」


続きをなんて言おうか迷ってる間に、林檎が春歌を連れて出てきた。出かける前には早苗以外にくっつこうとしなかったが、今は林檎の後ろにくっついている。いい傾向です。


「この子が、そのハルちゃんよ」

「なるほど、ハルちゃんのために二人は頑張ってるんだねそれじゃぁ僕も手伝いたいな、一緒に行かせて」

「却下だよ、シノミー」


ワクワクした顔で言った那月に神宮寺は容赦なくなにやら青い顔で言い放った。


「どうしてですかぁ〜、僕はただ、またレンくんと一緒に戦いたいんです」

「そうだよ、いいじゃない神宮寺。四ノ宮くんにも手伝ってもらおうよ」

「…レディのお願いを聞いてあげたいのは山々だけれど…こればっかりはね、レディを危険に晒すかもしれない」

「いやいや、シップから出たらもう安全とはいえないし」


ちょっと四ノ宮が可哀想なので屁理屈をこねてでも連れて行こうと口答えをしていたら、神宮寺がそっと側によってきて耳元でささやいた。


「シノミーはね、武器を持つと性格が変わる、二重人格なんだよ」

「それがどうしたのよ…四ノ宮くん!私と一緒に行こう!」


神宮寺が更に青くなるけど気にしない。別に二重人格だろうとなんだろうと、"四ノ宮くん"であることに変わりないそう気楽に思っていた。


「わーい!それじゃぁ、まずはアムドゥスキアの探索許可を取りましょう!」

「アムドゥスキア?」


舌を噛みそうな名前をどうにかこうにか聞き返すと、
林檎がエヘンと言って話はじめた。


「惑星アムドゥスキア、通称"火山洞窟"。知的生命体の龍族が居るところよ。ただし、最近はダーカーの汚染が広まっていて彼らも凶暴化してしまっているらしいわ。龍族のお偉いさんからの依頼で、凶暴化して多種族を襲った龍族はこちらで対処しても良いことになっているの。」

「でも知的生命体ってことは、森林の原生種よりも強いってことですよね?」

「そうなるわね。武器を作ることが出来る彼らだもの。私達人間と同じレベルで意思疎通の出来る種族だわ。」

「でも凶暴化した連中はただの獣だとも聞いたことがあるけどね」

「そうね、最近じゃ力のある高位種の龍族まで汚染が始まってるみたいだから」


レンが付け足した内容に、林檎は素直に頷いている。だから倒すことにも抵抗がないのだろうか。
そんなことを思いながら早苗は手元の端末を操作してアムドゥスキアの探索に必要な条件を検索した。

内容は…


「条件1、惑星ナベリウスに生息するロックベアの討伐。条件2、先輩アークスから"ブラザーエンブレム"を受け取ること」





<ラボ>という看板が掲げられた、灰色ばかりの空間。観葉植物さえもおかれていない殺風景な建物の一室で、扉を中途半端にあけたまま美味しそうなミント色の髪の毛と派手で明るいオレンジ色、はちみつのような金髪、そして夜空のような黒髪の4人が頭をつきあわせていた。


「で、生意気にもボクに頼みに来たわけか」

「美風先輩、是非ともつきあってください」


早苗は今、自分の背後にレンと那月を従えてシップ内のラボへとやってきていた。アークスの先輩で知り合いとなると、研修生の授業を受け持ってくれていた人しか居ない。その中で今予定の開いている人が……
運悪く、といえば本人に怒られることは必須なのだが、一番難易度の高そうな美風藍のみだったのだ。


「一応、ボク研究員も兼ねてるから忙しいんだけどな。それに、早苗の面倒を見るのは嫌じゃないけど。その後ろのデカイの二人は何?研修生の中でトップクラスってわけでもないし、ボクは育てる意欲を持てないよ。命令でもないし」


背後でレンが「アイミーは酷いなぁ」と呟いたのを見逃さず、早苗はヒールでレンの足をグリグリと踏みつけた。


「でも美風先輩、二人だって合格者ですし…私たちにはランクが発表されていないのでなんとも言えませんが

「白崎早苗、ランクS、順位2、クラス内ランキング1」

「へ?」

「キミのランクだよ。早苗、キミはとても優秀だった。だからボクも課題の面倒を見たり、手塩にかけて世話をやいた」


藍は薄いミント色の髪の毛を揺らしてため息をつくと、早苗の背後の二人を見やって言い放った。


「そっちの二人は性格に難ありでランクが大分下がってたよ。四ノ宮那月、ランクA、順位28、クラス内ランキング6。神宮寺レン、ランクA、順位30、クラス内ランキング5」


そしてそのまま研究室の無機質な扉を閉めようとする。早苗は慌ててつま先を挟み込み、顔を扉の隙間に押し込んだ。


「それって、上の中くらいの成績ですよね、十分優秀じゃないですかぁ〜」

「嫌だよ。早苗くらいトップクラスじゃないなら面倒みたくない」


こいつこんなに我が儘だったか?と眉を寄せる。もともと成績上位者のみ指導し、あまりのハードさにアークスになることを諦める者を生み出す。そんな先輩であることは知っていたけれど。

すると奥から「アイアイひどぉ〜い、後輩ちゃんいじめてる!」と、いささかオーバーリアクションな声が聞こえた。その声を追いかけるように、白地に赤と青をちらせたデザインのローブを着こなす、じゃっかん昭和臭のする青年が出てきた。


「あ、嶺ちゃん先輩ヘルプ!」

「あらーやっぱり早苗ちゃん、どうしたのそんなブッサイクな顔して」

「私の顔を挟み込んでる美風先輩に言って下さい」


奥から現れた嶺ちゃん先輩こと、寿嶺二にパシャッと写メを取られたので、後であの携帯を燃やしておこうと決意した。


「で、早苗ちゃんはアイアイに何のよう?デートのお誘いだったら嶺ちゃんヤキモチ妬いちゃうよ〜」

「そうですね、要するにデートのお誘いに来ました」

「え、やだ。じゃぁ僕が早苗ちゃんとデート行く」


子供かお前は!若年組のアークスで一番年上だろ!とつっこみを入れたいのは山々だが、藍がよりぎゅっと扉を閉めたので敵わない。


「二人っきりだったらボクが断るわけないでしょう」

「それもそっか、アイアイが育てたがってた子、生き残れたのは後輩ちゃんだけだもんね」


そのセリフに、早苗はお腹の底のほうがひんやりと冷たくなった。要するに、育てたくなる人材、トップクラスと呼ばれるような成績上位者は自分しか生きていない。レンや那月が30位前後の成績ということは、少なくとも自分の顔見知りが10人は二度と会えない存在になったということだ。

授業中に消しゴムを貸してくれた隣の席の子も、分からないところを教えあった成績3位の子も。
それが顔に出たのか、藍が扉を緩め、嶺二が寂しそうに微笑んだ。


「後輩ちゃんが寂しがるのも分かるけど、アークスになろうって思った時点で、みんな覚悟してたはずだよ。だからこそ、シャイニング早乙女は彼らの分まで働けって言うんだ」

「早苗、キミの泣きそうな顔なんて記憶に残したくないんだけど。笑いなよ、同じ不細工なら笑顔の方が良い」


藍の冷たい手がそっと頬に触れてきた。本当に成績上位者には甘い人だ。


「大丈夫です、だったらなおさら、私たちはアムドゥスキアに行かなくちゃいけないんです」


早苗の頭の上にレンが顔を出した。


「いきさつはオレから説明させてもらうよ」


頭の上で喋られるとこすれる顎と吐息がくすぐったい。ひと通り話し終わると、藍と嶺二は納得したように深く頷いて一度着替えてくるといって奥へ入っていってしまった。


「はぁ、大丈夫かな」

「レディのお願いを断るほど、男気の無い先輩じゃないと思うけどなだから、レディは心配しないで待っていて」


本当にこの口は一回縫い合わせたほうが良いように思う。確かに一緒に居る分には、無口よりもよっぽど楽かもしれないが、この軽さはちょっとどうにかしてほしいものだ。

少しすると研修室の扉が開き、中から細身で身軽そうな少し軍服っぽくもあるデザインの戦闘服、確かシークイェーガーの太黒というタイプのもの、を着た嶺二と、スタイリッシュなデザインとフォトン感応力が向上されるアドヴェントスの黒色に身を包んだ藍が出てきた。


「ひゅー、二人とも凄くよく似合うんだね」

「わ〜藍ちゃん可愛いなぁ〜それっぎゅー!」


暑苦しいよと言いながらも那月を突き放したりしない藍を見て、やっぱりこの人は変わり者で、とても面倒見がいいんだと感じる。たかだか後輩のためにわざわざ任務に同行してくれるのだ。
その後、許可証の受け取りの為に役所のような機能をもった場所で簡単に手続きをすませると、5人はアムドゥスキアへと向かった。




Chapter.02 きっと明日がやってくる END




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