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【名前はまだない 02】


翌日、じょうろを持ってやってきたのはディオニュソスだけではなく、アポロンとバルドル、そしてロキにスサノオという海の神も一緒だった。ディオニュソスは他の人が私を見に来るのが余程嬉しいらしく、ワインでも飲んだかのような上機嫌だ。


「でさ、昨日ロキが名前を考えてくれたんだ。シャナっていう花で、凄く綺麗に咲いてる」

「でも、随分と長く咲くんだね。話を聞くと、入学してから半年、ずっと花を咲かせているでしょう?」


バルドルの質問はごもっともだ。私はディオニュソスが喜ぶのが嬉しくて成長しながら何度も咲いてしまったし、私というものが宿っていなければ花はそうそう長持ちしない。長くもつ椿のような花でも、ある一定の季節しか花を咲かせないから、彼が不思議に思ってもしょうが無い。


「本当だ…青い花なんて珍しいな……見た目は菊に似てるげ、椿にも見える。お前、凄く綺麗だな」


こちらによってきながらスサノオ…確かディオニュソスは尊と呼んでいた彼はこちらへよってくると、昨日のロキとは違い触ることはせず、ただ花全体が見える位置で私をじっくりと鑑賞しはじめた。気恥ずかしいものはあるが、私も所詮花。見られるのはとても嬉しい。
調度良く風が吹いてきたので、私はふわっと甘い香りが届くように精一杯の努力をした。そのおかげか、尊は良い香りだと言って微笑んでくれた。とても嬉しそうな笑顔に私もまた笑顔になってしまう。


「あーあ、そんなニヤけた顔しちゃってェ〜☆」


にやけているのは貴様も同じだ!と叫んでやりたいのはやまやまだったが、私に言ったのか尊に言ったのか分からなかったので、私はそっと表情を元に戻すだけにしておいた。ロキはその様子もしっかり見えているようで、ニコニコと笑っている。


「ほら、シャナ。邪魔者は居るけどアンタの主に教えてあげなくて良いワケ?」

「ん?ロキ、何のことだ?」

「はいはい、黙っててね〜。これはオレとシャナだけの秘密にするのも良かったんだけどォ。やっぱ生みの親には見せてあげないとね☆」


全く譲るつもりのないロキの様子に、私はこれまた昨日と同じように逃れられないことを感じ取ると、出来るかぎり丁寧に具現化してみせた。昨日もやったおかげか、今度はもっとしっかり神々に近い姿になれた気がする。髪型はクオリティを落とさず、衣装は花びらと同じ色のワンピースのようなものにすることに成功したし、足元は相変わらず蔦に覆われていて見えないが、それでも大分進歩しただろう。
どうだ凄いだろとロキを見やれば、彼は満足気に微笑んでいて私は頑張ったかいがあったなと口角をあげた。


「ディオニュソス…我が主。ずっと黙っていて、申し訳ない」

「お前…シャナなのか……」


ディオニュソスの驚愕の顔に一瞬不安を覚えたけれど、彼はその驚愕の中にも喜びと尊敬を持っているのが見えて、私はふわふわと浮いた状態でディオニュソスに抱きついた。私をこの世に生み出してくれた人、とても大切な人。ありがとう、という意志を込めてぎゅっと抱きつく。


「私はシャナ。この花が生まれた時から宿っている者。昨日、ロキに私が居ることを見ぬかれた。」

「すげぇ…こんなことってあるのか……」


尊の感嘆の声を背景にして、言葉にならない様子のディオニュソスは私の頭をそっと撫でてくれた。その撫で方が所謂父というものなのだろうなと、心が暖かくなる。私を毎日丁寧に世話してくれたお礼をすると、今度は尊の前に移動した。
彼はまさか自分が話しかけられると思っていなかった様子で、びくりと両肩を震わせた。


「ありがとう、スサノオ。いや、ここでは尊か。我らが全ての源。私を認めてくださった」

「お、おれは別になにも………あぁ〜、確かに花も綺麗だけど、お前も…悪くない、な」


言い慣れない様子が尚の事愛らしい。私達全てを生み出した海の神だというのに、少しばかり不器用なようだ。私がそっと頬に敬愛のキスをすれば、更に真っ赤になってしまった。
途端、背後から誰かにひっぱられて振り返ると、不機嫌そうに顔を歪めたロキだった。そういえばロキにもしっかりお礼はしていないなと、私はロキの頬にも唇を寄せた。すぐに嬉しそうな顔に戻ったロキは、私の背中に腕を回すとぎゅーっと抱きしめた。正直苦しい。


「シャナってばほーんと、オレのこと好きだねェ!」

「そんなわけがあるか!私は、ただ姿をみせるきっかけをくれた礼を…それに、炎は怖い!」

「それじゃぁ、もしかして僕のことも怖い…怖いのかなお花さん」


アポロンが寂しそうに聞いてくる。日照りが続いた後の花のようになってしまった。慌てて私がそうじゃない、太陽は好きだと答えると、今度はロキがまた不機嫌になってしまう。その様子がなんだかおかしくて、私はもう一度ロキをぎゅっと抱きしめた。


「きっかけをくれたこと、感謝している。何より貴方が怖くないことはよくわかった」

「でも戸塚弟の方が好きなんでしょ?つまんなーい」

「海は偉大だ。私たち全てを生み出した源なのだから」


照れた様子の尊に、私の様子を優しく見ているディオニュソス、嫌いでないと言われて嬉しそうなアポロンに、にこにこと笑顔のままのバルドル。私ももし力のある神であれば、ここで皆と一緒に学べただろうに。そうすればディオニュソスにも恩返しが出来たかもしれないなぁと思うと、なんだか小さなため息がでてしまいそうだった。
私だって、一応神様になるのだろうから皆としっかり話してみたい。そう思うのは何も悪いことじゃないはずだ。


「シャナさんは戸塚さんが好きなんだね。万物は海から生まれたとする説もあるし、納得出来るよ」

「もちろん貴方にも惹かれるものはある、光の神。けれど私の一番はやはりディオニュソスだ。」

「おや、振られてしまったね。羨ましいなぁ、わたしも可愛い精霊さんと出会いたいなぁ」


可愛い精霊と言うのなら、人間界から来ている草薙結衣という少女がいるだろうと言ってやろうかとも思ったが、さすがにそれは冷たすぎる気がしてやめた。

それから私はディオニュソスに連れられて寮というところへ案内された。神々はそこで暮らしているらしい。なんでも1つの大きな家の中をいくつかの部屋に区切って、様々な者が暮らす場所を寮と呼ぶそうで、大きな鉢植えにパンジーを寄せあって咲かせるのに似ている。
もちろんその場に居たバルドルやロキ、尊と、ディオニュソスと同じ部屋に住んでいるというアポロンも一緒に寮へとやってきた。私の足はまだ蔦に包まれていて歩けないので、ディオニュソスの両肩に後ろから掴むと、ぷかぷかと浮いた状態で連れて行ってもらう。バルドルが言うには「電車ごっこ」というものだそうだ。

ディオニュソスに連れられて彼らのスペースに入ると、私があまり得意でないハデスが居た。悪い人だと思ってはいない。むしろ神様なのだから尊敬はしているのだが、どうしても彼が司るものが怖いのだ。


「俺たちと同じ神が宿ってるってわかったんだから、野宿させるのもなぁ…まして可愛い女の子に」

「…寝室はどうする。まさかお前の部屋で寝かせるわけではあるまい?」


ディオニュソスはハデスにも私の存在を説明すると、周りの神々に助けを求めるように視線を彷徨わせた。なんだか申し訳ない。


「だったら、俺たちの部屋に来いよ。一部屋余ってるから、あにぃが良いって言えば使っても良いぜ!」

「うーん、そこは一度同じ女性である結衣さんに聞いてみる方が良いんじゃないかなぁ…」


タイミングよく部屋の扉がコンコンと音をたてた。たしかこれはノックというやつで、部屋に入っても良いかどうか尋ねるための動作だったはず。アポロンが扉を開けに行くと、そこには可愛らしい女性が立っていた。ミニスカートから覗く足はすらっとしていて、何か体を鍛錬しているのだろうなと思わせる。ディオニュソスやアポロンに感じる良い雰囲気も、ハデスに感じるようなちょっと怖い感じもない。彼女は人間のようだ。
その女性…少女は部屋に入ってくるとアポロンとちょっと挨拶を交わし、それから私を見て驚いた顔をしてみせた。なんだか、とても可愛しく見える。私の方が見劣りしているのではないだろうか。だとしたら、やっぱり殿方は見た目の良い女性に惹かれるだろうから、ディオニュソスやロキ、尊の中で、あの人間の方が上になってしまわないだろうか。
私のそんな不安を他所に、人間の少女はこちらへやってくるとにっこりと微笑んだ。


「はじめまして、草薙結衣です。あなたは、何の神様なんですか?」

「わ、私は…シャナだ。神と呼べる存在なのかは分からない、ディオニュソスの育てた花が私。名付け親はロキ。」

「わ〜、お花の神様なんですね!」

「そうなんだ!シャナシャナは花の神様でね、すっごく、すごーく綺麗なんだよ!」


む、何やらアポロンが盛り上がり始めたけれど、なんというか、その草薙という私の親戚のような名前の少女はあまり嬉しくなさそうだ。それに気づいていないらしいアポロンは、私がディオニュソスに育てられていたことや、昨日ロキに名前をもらったこと、先ほどここに居る神たちに姿を見せたことを楽しげに話している。
流石にこれは、草薙が可哀想な気がしてきた。きっと彼女は少なからずアポロンを好いているのだろうから。


「アポロン、草薙が困っている。私の話題ばかりでは彼女がつまらないのでは…」

「あ…あぁ、そうだね、ごめん。ごめんね、妖精さん。僕、せっかく箱庭に女の子が増えたから、2人に仲良くなってほしくて」

「いえ!ありがとうございます、アポロンさん。シャナさんも、これからよろしくお願いしますね!」


その呼びかけにどうにかこちらこそ、と返したけれど、彼女の笑顔に見とれるアポロンがどうにも辛い。別にアポロンが彼女を好いていようが関係ない。ただ、アポロンと同じようにディオニュソスたちも彼女が好きだったらどうしようと、漠然とした恐怖を感じるだけ。

私はただの花でしかなく、人間の総代表だという彼女のほうが存在が大きいだろうし、なにより今実際にアポロンと笑い合って楽しげに話している。相槌のうちかたも返答の内容も、どれも聞き上手に見える。
完全に私の方が劣っているな、と。花として咲いているだけの時には感じたことがなかったムカムカする感情で、内側から腐ってしまいそうだ。

ディオニュソスの後ろにふわふわと浮いてそんなことを考えていると、隣からきゅっと手を握られた。驚いて振り返ると、尊が控えめに指先を握っている。


「どうした?花のくせにしおれて見えるぜ?」

「私は大丈夫だ、問題ない」

「だってお前、この姿になったのは昨日が始めてだろ?無茶して体に負担がかかったらどうするんだよ」


尊はそれでもまだ納得していない顔で私の腕を引くと、自分が座っていた椅子に私を座らせた。始めて座る椅子というものに違和感を感じるが、浮いている必要がない分少しだけ体が楽な気がする。
尊を見上げると、彼はにっこりと微笑んで私の頭を撫でてくれた。海の神だから、やはり植物は嫌いでないのだろうか。


「そうだ、シャナさんのお部屋はどうするんですか?女子寮は個室ですし、まだ空きがあれば入れると思いますよ」

「そうだね、一度カドゥケウス先生に聞いてみて、問題が無いようならわたしたちと一緒に授業を受けるのが良いと思う。」


バルドルの言葉に賛成したアポロンの言葉を聞くと、さっそく聞いてくると言って草薙は部屋を出て行った。
ほんの少し、尊やロキ、ディオニュソスと同じ部屋で暮らせないのは寂しいような気もしたが、そもそも私はただの花。こうして部屋を用意してくれるというのが、どれほどありがたいことか思い出して、私は皆におくればせながらお礼を言った。









2014/6/12 今昔




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