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学園の外に出るのは始めてだが、どうやら神様が作った場所というだけあってとても穏やかな場所のようだ。蚊が出ることも毒を持った生き物が出てくることもなさそうで、早苗はこれなら引率要らなかったような…と思いつつも、優雅に空を飛ぶ鳥や綺麗な草花に心が癒やされていくのを感じた。
牧場まで徒歩で向かう最中は春先ながらうっすらと汗をかくくらいの運動量で、インテリ派に見えるトトはこれを理由に断ったのかもしれないと思い当たった。花を摘んで押し花で栞でも作ればおみやげになるだろうか。
早苗は草むらにしゃがみ込むと見慣れた白い花に顔を少し近づけて、ふんわりと香ってくる甘い香りを楽しんだ。
「矢坂先生は、その花が好きなのかな?」
「えぇ、名前は知らないんですけど可愛らしいなと思いまして。バルドルさんもこうして自然を鑑賞するのはお好きですか?」
「ええ、もちろん!生き物は大抵のものは好きだよ。…ロキとトールも来てくれれば良かったのだけど、先生が声をかけて来ないとなると…なかなか難しいね」
早苗の真後ろから覗き込むようにするバルドルは、やはり同じ神話の世界から来ている同室の彼らも呼びたかったようだ。確かにここに居るのは各神話から一人ずつで良い交流になっているのだろうが、やはり仲の良い人に見せてあげたいという気持ちは神々にもあるのだろう。
「このお花、持って帰って押し花にしたら、ロキさんやトールさんも喜んでくれるでしょうか…」
「それは素敵だね。…ロキたちが喜ぶかわからないけれど」
確かに花を見て喜ぶタイプではなさそうだと顔をしかめると、バルドルもまた楽しそうに声をあげた。感性は人間と変わらないのだなと実感させられると、更に「どう卒業させるか」が分からなくなってくるが、今その話題を出すのも申し訳なくて早苗はバルドルに先に進むように促した。
バルドルが歩き出しと同時に転びそうになったのを助けつつ、早苗は空いてしまった前3人との隙間を埋めるべく少し足を早めた。
「そういえば、先生は私と居てもなんともないの?」
「え?…もしかしてギリシャ神話には神様と目を合わせると石になる、みたいな伝説が…?」
「いや、そうでは無いのだけれど…。私は光の神、生きる者は闇を恐れ光を求める。だから私もまた、周りの者を惹きつけてしまうんだ。だからこうして…」
バルドルが飛んでいた小鳥に手を向けると、指先に一羽、肩や腕にも小鳥たちが集まってくる。それは神様だから生き物に好かれているというわけではなく、彼が持つ光の属性がもたらしたものだというのだろうか。
確かに言われてみると、バルドルが所属している軟式テニス部の部員数はとても多かったように思う。
「なるほど…それで神様でない一般生徒たちが惹きつけられてしまったりするのですね」
「貴女は、なんともない?」
「もちろん、バルドルさんは素敵な方だと思います。でも、妄信的になるほどではありません。それに、他のみなさまもとても優しくて素敵な方ばかりですから!」
「ふふっ、そうだね。貴女がそう言ってくれるから、きっとロキや戸塚さんが懐くんだろうね。ほら」
差し出された手をとると、早苗はバルドルが転ばないように最新の注意をはらいながらアポロンたちの背中に追い付くことに専念した。
しばらく歩いて行くと柵で囲われた場所があらわれ、内側には羊やらもこもこしたものがたくさん居て、左肩に乗ったトキが落ち着かないのか足踏みしている。
「わ〜!!凄い、凄いよ妖精さん!いっぱいだ〜!」
「あ、あそこに赤い鳥が飛んでます!」
「あれはフェニックスです。」
はしゃぐアポロンを止める結衣と、早々に柵を乗り越えて入っていった月人を微笑ましげに眺めながら、早苗もバルドルの手を借りて柵の内側に立ち入った。バルドルにも手を貸すと、男性が女性に手を借りるなんてと気まずそうにしながらもどうにか転ばずに入ることに成功した。
バルドルの側に居ると小鳥や牧場の動物たちがよってくるので、早苗はあやうくもみくちゃにされる前にバルドルから離れると、柵に近い場所で生徒たちの様子を眺めることにした。アポロンもバルドルも結衣も楽しげに動物と触れ合っているが、月人だけは無表情を崩さずに居る。動物が苦手というわけでもなさそうだが、卒業へのとっかかりにならないだろうかと早苗は話を聞いてみることにした。
「月人さん。楽しんでいますか?」
「はい。動物と触れ合うという目的は達成しています」
その切り返しに、早苗はなるほどと大きく頷いた。神々の中で最も人間らしい感情が希薄な様子の彼は、恐らく人間に関する知識を吸収することに関して優秀でも、もう1つの目的である人間に対する愛情を持つことが出来ずここへ呼ばれたのだろう。
人間を好きになってもらうには人間の良いところを見せるのが手っ取り早いだろうが、この手のタイプにそれだけで通じるだろうか。
「目的達成が出来たようでよかったです。ところで月人さんは、お好きな動物は居ますか?」
「…兎でしょうか。」
「日本では月に兎が居るとされていますからね、日本人としては月の神様が兎を好いていらっしゃると聞くと、納得です」
「そうですね。」
「ここにも兎や、もう少し小さくてふれあいやすい動物もいればよかったのですが…」
「はい。」
「……」
「……」
どうやら他人と話をするのが得意ではないらしい月人とは、会話がまったく続かない。月の持つイメージの通り寡黙で冷たく冷静な神なのだろうか。心が折れそうにはなるが、ひとまずキャッチボールではなくバッティング状態の会話でも続けるべきだと、早苗はひたすら話題を探した。
「実はトト様から兎の使い魔をいただいたのですが、月人さんも何か使い魔を連れていたりするのですか?」
「うさまろ」
「?」
「うさまろという、兎がいます。」
「可愛い名前ですね。月人さんが名づけたのですか?」
「戸塚尊が命名しました。俺がただ兎と呼んでいたら、名前を付けなければ可哀想だと」
そういえば、早苗の所に居る兎もトキもただ「うさぎ」「トキ」としか呼んでいない。これも尊に言わせたら可哀想な状態なのだろう。早苗はこっそりと名前を考えようと心に決めた。
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