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冬も峠を上りきろうかという程、寒さは日に日に増していき、ついには氷柱や吹雪が校舎を襲うようになった。早苗はストーブにヤカンをのせて湿度を調整し、生徒たちが遊びにくる場所にもコタツを出さなくてはならなかった。
ロキに付けられていた指輪は外れたが、月人たっての申し出により二人の相部屋生活は続いていた。特に恋人らしいようなことがあるわけではないけれど、同じ部屋に居て過ごせるというのはなかなか素敵なものだ。問題があるとすれば、
「兄ィ、姉ぇ!やっぱりおれたち寮の部屋で暮らす方が…」
「確かに空き部屋はありますが、早苗の荷物を今更運び出すのは手間です。諦めてください、戸塚尊」
「でもよぉ…」
尊は大蛇退治の一件以来、ずっと月人と離れているのが寂しいようで、ちょくちょく保健室へやってきてはコタツとミカンちウサギという3点セットを楽しんでいる。月人を男子寮へ引き戻すようなことは言うが本気ではないようで、どちらかというとウーサーに会うための口実として言っているだけのようだった。
今日も戸塚兄弟はコタツに両足を入れた状態でミカンをむき、早苗が購買で購入してきたミカンのダンボールちゃくちゃくと減らしている。
「うお!?このミカン、苦い!」
「あぁ、それは先日ロキ・レーヴァテインが注射器で何やら薬品を入れていたミカンですね」
「あんの馬鹿…食いもんに罰当たりなことしやがって!」
窓を開けられない程積もった雪を見ながら、尊は自室に居るであろうロキに悪態をついてみせた。神々の中で一番最に枷が外れたロキに対しては、少し上からものを言ってやりたい気持ちもあるらしい。早苗としては、無事に全員の枷が外れ更には結衣も早苗も想う神の元へと行けることになっているのだから、全員仲良く過ごして欲しいところではある。
この箱庭に来てからというもの、いつも何かしら行事や事件が起きていて、こんなに穏やかに過ごすのは久々なことだ。コタツでのんびりとミカンを食べるような団欒は、是非とも神々にも知っていてほしい。
「そうだ、Aクラスの皆さんと一緒に、鍋パーティをしませんか?卒業までに色々と思い出も作っておきたいですし…」
「鍋か…いいな!流石姉ぇ!」
「俺も賛成です。」
早苗はさっそく結衣に連絡を入れようと立ち上がり、そこでふと気がついた。ここでの生活は特に時間の流れを気にしたことがない。季節は唐突に変わるし、正確な暦が存在しないのだ。つまり、残り何日で卒業できるのか、どれだけ皆と一緒に居られるのか分からない。
まだまだ寒いからといって油断をしていたら、鍋パーティもする機会を失ってしまうかもしれない。
「よし、私、ヘルメスさんのところに行って材料を買ってきます。お二人はクラスの皆さんをここへ集めてください」
「分かりました」
「え、兄ィ、姉ぇ、ちっとばかし急すぎないか?」
「戸塚尊、俺たちここに召喚された神々は、全員枷が外れています。ゼウスの采配次第では、極端な話、明日にでも卒業という可能性があります」
「っ!そうか……そんじゃ、姉ぇの言う通り、連中を呼んでやるか。おれたち3人で鍋なら、帰ってからいくらでも出来るもんな!」
尊が意気揚々と出て行くのを見送り、早苗も後を追って教室から出ようとスリッパから靴に履き替えた。
「早苗」
月人に呼び止められ振り返ると、ふんわりと柔らかく抱きしめられる。同じ部屋で洗濯しているので、自分のシャツと同じ香りがふわりと香ってきた。
ちゅ。と自分の頬から音がして驚き見上げると、今度は唇同士が触れ合った。
「月人、さん?」
「正直、俺は君を戸塚陽の元へ行かせたくありません。君を取られてしまうようで…」
しゅんと眉根を下げた月人の背中に腕を回し、早苗は彼の胸元に顔をうずめた。
人間でも神様でも、不安に思うことは同じなのだ。好きだと思った相手と一緒に居たい。他の誰かに取られてしまうのは嫌だ。出来るならば、自分以外の異性と関わってほしくない。
「大丈夫ですよ」
早苗は顔をあげ、月人の目をまっすぐと見つめた。
「私は月人さんと一緒に居ると決めました。私の中に居る巫女の意識が分かるとはいえ、陽さんのところへなんて行きません。私が好きなのは月人さんです」
「ありがとう、ございます。俺も早苗を、君だけを見ています。」
もう一度、唇が触れ合う。
鼻先が触れ合った距離のまま、唇が触れそうな距離で月人が囁いた。
「俺は君を愛しています。俺の妻に、なってくれますか?」
【 銀 の 雫 】
早苗はその腕の温もりの中で、静かに微笑んだ。
FIN
2014/09/29 今昔
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