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「草薙さん、1つ聞かせてください」


尊の目にも、それは確かに見えていた。だからその問いに答えた結衣の挙動が不審になっていたのも仕方がないことだと思う。


「っ……はい」

「何を、祈ったのですか?」


そう言う早苗は全身からふんわりとあたたかな光を放っていて、そしてどこかアマテラスを想像させるような中性的な雰囲気を纏っていた。八尺瓊勾玉は琥珀色に暖かく光っていて、大いなる母性を感じさせた。まだ見ぬ己の母のような雰囲気に、守られたい守りたいという欲求が産まれるのを感じる。
それは決して男女間の感情ではなく、あくまでも母を慕うのと同じような、月人を慕うのと同じような感情だ。何より早苗の隣に居るべきなのは月人だと尊自身も思っている。


「あれが…あれが日本に暮らした人間の思いだというのなら、私が決着をつけます。」
そう言い放ち、一人でもヤマタノオロチに立ち向かうと言った早苗にも、

「俺は、君に傷ついてほしくありません。あれが日本神話の神々が招いた罪悪だというのなら、俺も共に戦います。早苗、君を一人にしたくない。側に居たい」
そう早苗を抱きしめた月人にも。尊は勝てないと思ってしまった。

戦神でもある尊が、他の神と人間相手に勝てないと思ってしまったのだ。普段は強く優しいが弱っちぃとすら思っている早苗は、月人に手を引かれてヤマタノオロチの元へと飛び去っていった。
尊は二人の強さにぎりっと歯を食いしばり、人間の姿から神の姿へと立ち戻った。神の力を解放するべきだと思ったのだ。


「尊さん、何を…」

「おいアホロン、草薙や他の生徒たちのこと、しっかり守ってろよ」

「タケタケ、何を…何をするつもりなんだい?」

「決まってんだろ!」


幸いにも、箱庭にある海からそう離れていない場所が戦場になりそうだ。


「おれも兄ィと早苗さんを助ける!」


アポロンが何か言うのを無視して地面を蹴ると、月人たちよりも速く空中へと躍り出た。身体能力だけならば、二人よりも優っているはずだ。少しでも二人の助けになりたい。そしてなにより、


「あいつを倒してぇ…!!」








ヤマタノオロチに近づくにつれて、というよりも八尺瓊勾玉に触れているほどに、早苗の頭の中には古い記憶が大量に流れ込んできていた。少しだけ早苗に似た巫女がどんな戦い方をしていたのか、八尺瓊勾玉を使うとどんなことが出来るのか。
早苗は一度は外れまた自分の首に戻ってきた八尺瓊勾玉をぎゅっと握りしめた。安全圏を保って月人とヤマタノオロチを見下ろす。


「やはり、大きいですね。俺は使い魔と術式で大蛇の気を引きます。恐らく君の一撃が一番重たいでしょうから、君が尾を狙ってください。」

「私が、撹乱ではなく攻撃を?」


月人はふんわりと微笑んだ。負けるとはまったく思っていないのか、はたまた早苗を守り自分も無事で居る自信があるのかは分からないが、ともかく月人の笑顔は安心感があった。早苗はそれに気圧されるように頷き、月人の手をそっと離して距離を取る。


「兄ィ!早苗さん!」


背後から尊の声がし振り返れば、勢い勇んで刀片手に飛んでくる尊の姿があり、早苗は目を見開いた。まさか追いかけてくるとは思ってもみなかったのだ。というよりも、あの大蛇を倒すのは自分の仕事だとすらも思っていた。
よくよく冷静になって考えてみれば、日本神話でヤマタノオロチを倒すのは尊の功績だ。この箱庭に居る状態でどれほど影響されるのかは分からないが、尊が居ることに反対はできない。


「尊さん、来てくれてありがとうございます。月人さんが撹乱を、私と尊さんで尾を切り落としたいと思います」

「おう!兄ィたちのためなら何だってやってやるぜ!」


ニカっと笑ってみせた尊に、早苗は1つ頷くと勢い良くヤマタノオロチへ突っ込んだ。
援護やら撹乱やらは月人が引き受けてくれた。それを信用し、勾玉が教えてくれる記憶を信用し、やれることをやるまでだ。

1つの頭が早苗を食べようと口を開いて迫る。その口の中目掛けて、八尺瓊勾玉から炎を大量に呼び出して送り込む。舞い散る緋色に、早苗はまた1つ脳内に記憶がよみがえるのを感じた。今までのような断片の記憶ではなく、1時間のドラマを見ているような長さの記憶だ。
早苗の右隣で別の頭を尊が切りつけているのが見えた。それと同時に、記憶がどっと波のように押し寄せてくる。



−−−− 愛しているよ



扇情的な陽の声に、少しだけ汗ばんだ肌。早苗の顔に落ちてくる白と赤のグラデーションになっている髪の毛。以前勾玉を持っていた女性はよほど陽が好きだったのだなと、早苗はこちらまで幸せになるのを感じた。


(分かる、分かるよ。大事な人とずっと一緒に居たかった気持ちも、一緒に戦う力が欲しい気持ちも!)


早苗に迫り来る大蛇の頭が月明かりのように青白い光に包まれる。早苗が尾を守っていた頭を季節外れな紅葉をまとった風で押しとどめると、尊の太刀が大蛇の尾に突き刺さるのが見えた。



ぎやーーーーーーー!



耳が痛くなるほどの悲鳴と、目が溶けそうな程の光が放たれた。










第14話、終。












2014/08/28 今昔
想定外に約2話分を詰め込んでしまいました…アウチ、長いですね。というよりも、クリスマスマーケットの話を書くつもりだったのに、どうして大蛇と戦っているんだろう…(冷汗
途中、ヤマタノオロチを何度「山田の大蛇」と打ち間違えたことか。
次回、最終回。月人は帰還END書けそうにありません。(クリスマス書き損ねたので)ちょっと時間を巻き戻って陽ルート…を書く元気があるかしら……
色々と一番最初に書いたプロットからズレていて、月人編を書き終えたら大反省会を行わなくてはならない気がしてきました……(白目




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