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しゃらっ


首から外れた八尺瓊勾玉は、落ちることなくその高さに浮いたままで更にその光を強くすると、綺麗な色のそれで早苗を包み込んだ。

すると不思議なことに、みるみると誰かの記憶のようなものが、ドラマを見ているように流れこんでくる。
大きな青銅の鏡−−−−八咫鏡の前で髪を結う少女の後ろ姿。
八尺瓊勾玉を無表情ながら幸せそうに見つめる月人。
その八尺瓊勾玉を与えられた、早苗に少し似た少女。
それを愛おしそうに抱きしめ、幸せそうな陽。

人間の巫女であった少女は、死後の世界に居たものの輪廻転生に導かれて消えていく。それでもまた会いたいと、陽は八尺瓊勾玉を少女に持たせる。

少女が高天原から消える映像が流れこんでくると同時、目の前の光が消えた。
目を開くと、少女が着ていたものと同じ緋色の巫女装束が早苗を包み込んでいた。首にはまた八尺瓊勾玉が下がっており、腰には手鏡と鈴が結わえられている。


「あれが…あれが日本に暮らした人間の思いだというのなら、私が決着をつけます。」

「矢坂…枷が外れたのか」


驚くゼウスに、早苗は不思議と笑みが零れた。神について理解すれば外れると聞いていたが、まさかこんなことになるとは思っても居なかった。八尺瓊勾玉が教えてくれたのは、昔陽−−−−アマテラスに愛された人間の少女が居たことと、人間が神を好いて頼っていたこと。そしてそれを裏切られてしまった絶望。
やれる。と根拠の無い自信があった。


「人間の私なら、ヤマタノオロチに立ち向かえるかもしれません」

「それはいけません。」


ぐっと一歩踏みだそうとすれば、背中から抱きしめるようにして押しとどめられた。顔をあげれば、酷く辛そうな顔の月人が居り、早苗はその表情に身動きが取れなくなってしまった。彼が早苗の身を案じているのが、痛いほど伝わってくるのだ。
月人はぎゅっと早苗を抱きしめたままで言った。


「俺は、君に傷ついてほしくありません。あれが日本神話の神々が招いた罪悪だというのなら、俺も共に戦います。早苗、君を一人にしたくない。側に居たい」


月人が言い切った途端、再び八尺瓊勾玉が僅かに光ると、その光に照らされた月人の枷は軽い高い音を立てて外れた。早苗が驚いて月人の左手を見、そして視界の隅ではアポロンやゼウスたちもが目を丸くしていた。
背後でなにやら柔らかい風が起こったかと思うと、月人の姿が少しだけ変わっていた。冷たいような印象も受けるが、静かでかつ暖かく優しい。黒に紫が差し色に入った禰宜のような装束に、髪の毛が左右一房ずつ白く長くなっている。


「これは…枷が外れたようですね。これで、君と共に行ける」


優しく微笑む月人に早苗は諦めを覚え、すっとゼウスとトトに顔を戻した。


「トト様、私達に行かせてください。」

「ふん、人間の分際で随分と大きくでたものだ。」


内容のわりにやさしい声で返したトトは、すぐにすっと真面目な顔に戻ると持っていた本を開いた。


「ヤマタノオロチ。先ほどゼウスの雷が効かなかったのは、恐らく他国の神話の神だからだろう。お前たちの攻撃なら有効である可能性がある」

「逆に言えば、戸塚月人、矢坂早苗。お前たちが倒せなくては他に何もやりようがないのだ。」


ゼウスの付け足した一言に早苗はしっかりと頷くと、月人に手を取られて空中に舞い上がった。
自分で何をしているわけでもないのに浮かんでしまうことに違和感を感じはするが、今はヤマタノオロチを退治することが先決だ。昔話から考えるに、天叢雲剣が出てきた尾を切り落とすのが良いだろう。


「早苗、君は自分の身の安全を第一に考えてください。俺はあまり戦うことが得意ではありません」

「では月人さん、月人さんも安全第一でお願いしますね。私の戦闘能力も未知数ですから」


手を繋ぎ直して、再びヤマタノオロチへと視線を向ける。倒さねば、ここまで頑張ってくれた神々の努力も、結衣が祈ってくれたことも無駄になってしまう。






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