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海へ向かう途中にある広い草原には、すでに半数程度と思われる数の生徒たちが避難してきていた。早苗は避難訓練の様子を思い出しながら、各クラスで整列して座って待機するようにと指示をしながら怪我人の確認を行った。
幸いにも走っていて転んだという程度の生徒は居たが、大怪我の生徒は居ない。誘導を完了してアポロンたちが戻ってきて、その少し後にトトと結衣も避難場所へとやってきた。
トトは片手にバインダーと分厚い本を持っており、何かしらヤマタノオロチについて調べていたのだろうと察する事ができた。早苗はトトに駆け寄ると、全員の避難が完了していることと怪我人は居ない旨を伝えた。


「ご苦労だったな。こちらも、ヤマタノオロチについて分かったことがある」

「あの、すみません!私のせいなんです!」


トトの隣で勢いよく頭をさげた結衣に、早苗は驚いて半歩後退してしまった。それから慌てて両手で結衣の上半身を起こすと、おっと頭を撫でて言った。


「謝るのは後からでも出来ます。言いづらいかもしれませんが、何があったのか聞かせてくれますか?」

「先生…私、私……」


出来るかぎり優しく言ったつもりだったが泣きだしてしまった結衣に、アポロンが駆け寄ってきて両肩を支えた。その後ろに居たトトがため息をつくとバインダーに挟まれた資料の写しを早苗につきつけて口を開く。


「日本神話の最大の特徴はなんだ」

「…人間の創造について語られていないことでしょうか?」

「そうだ。他の国では神々が人間を作り出しているが故に、神は人間に多少なり関心を持っている。しかし、日本神話の神々は人間への興味関心が薄い。人間がどれだけ神に祈っても、届けることが困難な程にな」

「それと、ヤマタノオロチの暴走に関係が?」

「ヤマタノオロチと共に語られる神器があるだろう?」


何故今更日本神話について語らされるのかは分からないが、興味津々といった様子でこちらを見ている北欧とギリシャの神々のためにも、早苗はともかく答えることが問題解決につながるだろうと思うことにする。


「…天叢雲剣……草薙さんの持っていた?」


そう自分で答えてから、ふと気づいた。いつも結衣の首にかかっていた小さな剣のペンダントがない。


「剣が…ヤマタノオロチになったとでも言うんですか!?」

「草薙が剣を使って祈りを捧げたらしい。あの天叢雲剣には今まで願いを叶えてもらうことの出来なかった人間たちの『思い』が篭っている。そこに正当な所有者である草薙の祈りが加わったことで暴走しているのだろう。」

「つまり…その、とてもオカルトちっくですが、結衣さんの祈りに反応してヤマタノオロチが出現。日本神話の神々に復讐をしようとヤマタノオロチは暴れているのでしょうか?」


トトは忌々しげにここからでも見えるヤマタノオロチの頭を睨みつけ、そう考えるべきだと言い切った。
と、ゼウスも確認などを終えたのか、学園の方から空中を移動してきた。これで相談が出来る、と思いきやそのゼウス目掛けてヤマタノオロチがくわっと口を開いた。全身を包んでいた青い光が口に収束され、レーザービームのようにゼウスを狙う。

目が皿のようだし、開いた口が塞がらない。
ゼウスが避けたヤマタノオロチの攻撃は、学園のすぐそばの小山にあたると、その山があった場所を平地に変えた。あんなもの、当たったら神であってもひとたまりもないだろう。
早苗は隣にいた月人の服を無意識に掴んでいた。ゼウスがどうにか回避してこちらへやってきたが、あの光に当たればひとたまりもないだろうことは想像に難くない。


「ゼウス、神々を元の世界に返すことは出来ないのか」

「それを試しておった。しかしながら、あの大蛇の力が強すぎるせいか異界への扉を開くことが出来ぬ」

「追い出すこともままならぬか…」


トトの問いに答えたゼウスは絶望したように言った。
ゼウスの攻撃が効かない、他の神話の世界へ逃げることも大蛇を追い出すことも出来ない。ここに居るのは各国でも力のある神々。万が一にもあのヤマタノオロチに神々が傷つけられてはならない。

人間である早苗に出来ることは少ないだろうが、人間の祈る思いがあの大蛇を呼び出してしまったというのなら、人間だからこそ出来ることがあるはずだ。早苗は何かをしなくては、と妙な使命感から両手をぎゅっと握りしめた。


「草薙さん、1つ聞かせてください」

「っ……はい」

「何を、祈ったのですか?」


結衣ははっとこちらに顔をあげて驚いた顔を見せた。そんなに変わったことを聞いただろうか。


「私は…どうにかアポロンさんと一緒に居たいと。矢坂先生と月人さんが一緒に居られるようにと」

「……では、今回の件、半分は私のせいですね。」


首元に下がっていた、八尺瓊勾玉が琥珀色の光を放った。キンと耳鳴りのような音がして、この一年程で慣れていた首の重さが無くなる。


「だからどうか、一人で自分を責めないでください。」


しゃらっ



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