お名前変換



早苗が勢い良く学園長室の扉を開くと、向こう側で「痛い!」という悲鳴が聞こえた。慌てて覗き込むと結衣がおでこを抑えていて、その背後にはトトとアポロンが立っている。


「草薙さん!すみません!ちょっと慌てていて…今すぐ生徒を避難させないと」

「大丈夫です!あの、先生……」

「どういうことだ、ゼウス。説明しろ」


早苗を無理にどかして学園長室へ入っていくトトとそれを追う結衣を尻目に、早苗はアポロンの腕を引いて学園長室から出た。あたふたとするアポロンの口元に人差し指をあてて黙らせる。


「いいですか、アポロンさん。」


無言でコクコクと頷いたアポロンに早苗は指を離して言った。


「現在不測の事態で箱庭に日本神話の怪物が出現しました。生徒会はただちに全校生徒を校舎の外へ、山とは反対側の海側にある草原へ。」

「化け物?化け物って一体…いや、今は皆を避難サせるほうが先だよね。先生も手伝ってもらえるかな?」

「もちろんです、行きましょう。月人さんとバルドルさんにも声をかけて」


アポロンは頷くとくるりと反転して授業が行われる教室の方へと走りだした。すれ違う生徒たちに二人で声をかけ、学園の外、海の方へ逃げるようにと指示を出していく。
生徒会長としての使命に燃えていることもあってか、走りだしたアポロンの速度に追いつくのは至難の業だった。ヒールが低いのでどうにか置いていかれずに済んだが、元が神と人間では身体能力が圧倒的に違うらしい。

二人でAクラスの教室へ向かうと、昼休みを満喫していたであろう神々は教室の窓に張り付いてヤマタノオロチの様子を観察していた。


「大きいねぇ…わたし、ちょっと興味があるんだけど、ロキならあの蛇を倒せる?」

「オレでも無ー理ー☆っていうか、焼いて食べたいとか言い出すのォ?バルドルは相変わらずだねぇ…ってトールちん?トールちん生きてるー?」

「……やめてくれッ。出来るなら、ロキ……あれを倒してくれ。頼む」

「あ、アガナ・ベレアに早苗先生!」


息を切らしている二人に気づいたバルドルが声をあげると、こちらに気づいたらしい月人がすぐに駆け寄ってきてくれる。背中をそっと撫でられてどうにか落ち着くと、早苗は蛇が日本神話の化け物であること、それから生徒を避難させるようゼウスに言われたことを言った。
途端、尊の顔が驚愕に彩られ、月人の隣まで駆けてくると早苗に問うてきた。


「まてよ早苗先生!あれがおれたちの国の化け物って…どういうことだよ!!」

「なんでここに居るのかは分かりません。ただ、ともかくアレにはゼウス様の攻撃が効きませんでした。一旦逃げて策を練るしかありません」

「おれたちの、せいなのか?」

「今はまだ、分かりません。私はお二人のせいでないと信じています」

「じゃぁ、アマテラスのせいか!!」


尊はふと思いついたようにアマテラスの名前を出すと、忌々しげに手近な机を殴りつけた。少しだけ蜘蛛の巣状のヒビが入る。
早苗はふと、月人と陽の仲があまりよくなさそうだったことを思い出し、月人にあれほどべったりな尊としても陽が気に食わないのだろうと思いあたった。少し赤くなってしまっている尊の手をとると、早苗は自分とほとんど同じ高さにある尊の頭をそっと撫でてやった。


「陽さんも、月人さんと同じで尊さんのお兄さまなのでしょう?」

「陽って…先生、あいつにも名前をくれてやったのか!?」

「お願いされてしまったので。…いいですか、陽さんは尊さんを嫌ってはいません。先日箱庭にいらした際にもそう仰っていましたし、月人さんのことも理解してくださいました。」

「早苗、戸塚尊。今は他の生徒を逃がすことを優先しましょう。彼らは俺たちと違って戦う術を持ちません。」


月人の言葉に、アポロンはハッと思い出したようにバルドルに声をかけると、二人で他のクラスに声をかけに走りだした。他の神々も自主的に避難誘導しに行くと言い出し、早苗はこの一年間で神々が成長したことを知った。
俺たちも行きましょうという月人に従い、早苗と月人は誘導されて避難してきた生徒をまとめるべく校舎の外へと向かった。



_




_