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季節は巡り、冬。積もった雪と振り続ける雪を見ながら、結衣は熱く淹れた緑茶に口をつけた。冷えた体が内側から温まるのを感じ、ほっと息が溢れる。
文化祭を見に来ていた日本神話の太陽神アマテラス−−−−戸塚陽に、早苗は月人の側に居たいのだという意思を伝えた。それに陽はどんよりと落ち込んだ様子を見せたものの、早苗の意思を尊重するといって日本神話の世界に帰っていった。
という話は早苗本人から聞いていた。神々の枷は残るところ月人と数人だ。早く外れて卒業したいという思いもあるが、逆にずっとこのまま皆と居たいという気持ちもある。
特に結衣と早苗は愛した人と離れ離れの世界になってしまうのだ。
「何か、出来ればいいんだけど…」
「どうしたんだぁ、くたなぎ?お前さん、今日は随分と物思いに耽ってるじゃねぇか」
心配してくれるメリッサの頭をぐりぐりと撫で回し、結衣は手元の本に視線を落とした。
結衣は、結衣自身も生徒会も早苗に頼ってきた部分があると思っている。もちろん、生徒として教師に教えや助けを乞うのは間違いではない。しかし彼女とて話を聞けば元々は普通の社会人。年上とはいえども、ここへやって来て多少なりストレスを抱えていたはずだ。
そんな中で自分たちの助けになってくれた。何か恩返しが出来ればいいのに…
そう思いながら読みかけだった本をめくっていると−−−−
「これだ!」
【 14:君ノ記憶 】
早苗は久々にゼウスの元を訪れていた。はぁと呆れ返ったようにつかれるため息と、それから楽しげに喉を鳴らすのを繰り返すゼウスに、早苗は内心「もう敬語も様付けも要らないんじゃね?」と悪態をついた。
「しかし、アマテラスをまたも引き篭もらせそうになるとは、お主はなかなかに面白い」
「…アマテラス様が勝手に来て勝手に落ち込んで帰っていっただけです」
八尺瓊勾玉に選ばれた早苗を手に入れられないと分かった陽は、もう一度天の岩戸に立て篭もろうとし、アメノウズメたちに多大なる迷惑をかけたらしい。早苗としては、勝手に陽がやったことであり自分は何の関係もない!と思っている。
しかしながらゼウスは早苗が神々に影響を及ぼしていることを「喜ばしいこと」と考えているらしく、直接話を聞きたいと呼び出されたのだ。
正直なところ、早苗はこの学園長室が醸し出す重たい雰囲気が苦手だ。出来るならば早々に引き上げたいと思っている。
「して、矢坂早苗。お主はアマテラスに心動かなかったのか?」
「はい、ほとんど初対面の神でしたし、一目惚れのようなことも保護欲や庇護欲のようなものも湧きませんでした。」
「なるほど。お主、もしや…今想っている神が居るのか」
疑問形ではなく言い切られたその言葉に、早苗はギクッと不自然に息を呑んだ。
「やはりな…日本神話は人間の創造について語られておらず、事実神々も人間に対して興味が薄い。お前たちが上手く行ってくれれば、神と人間の関係性もよりよくなるだろう。」
「……言われずとも、月人さんを嫌いになったりなんて…いえ、しないとも言い切れないのですが…今のところそのつもりです」
ゼウスは早苗の回答に「人間らしいな」と笑った。流石にゼウスほど"人間らしい"ドロドロっとした恋愛をしているとは思わないが、とりあえずゼウスの言葉を正面から受け取った。
「それでは、私は保健室へ戻らせていただきます」
「あぁ、難儀だったな。またいずれ戸塚月人とどうなったのか話を聞かせてく
ぎやーーーーーーー!
ゼウスの言葉に被さるように、耳をつんざくような叫び声が響き渡った。一瞬また静かになったかと思うともう一度同じ声が聞こえ、何かが吠えているような声に早苗は両肩をびくつかせる。
怯えている早苗を見てなのか、ゼウスは杖を振るい空中に浮かんだモニタのようなものをいくつか作り出した。隠しカメラの監視室のようだ。画面には箱庭の中の各所が順繰りに映し出される。ふと、学園の外を映した時、小さな山程もあるような白いなにかが映しだされた。
森の木々を軽々と超える高さの蛇が8匹。赤い目玉を持ち体をうす青い色に発光させたその蛇は、早苗が今までに見たどんなものよりも不気味で、恐怖心を煽るものだった。
「これは…何事だ…」
ゼウスの驚愕の表情から、体育祭の時に呼び出されたケルベロスのように、意図的に召喚された化け物でないことは確かだと推測できた。
「ゼウス様、箱庭には危険な化け物は居ないはずでは?この森って…ここから海へ向かうのとは反対側あるものですよね、剣道部が合宿に使っていた…。比較的、校舎に近いのでは……」
「儂の力の及んでいるものではない。…すでにだいぶ怒っているようだな。」
言うとゼウスは杖をひとつ床に打ち鳴らした。画面の向こう側で、大きな雷がヘビたちに落ちる。
途端、逆光で見えたシルエットに早苗は更に目を見開いた。8匹居ると思った大蛇は根元で1匹に繋がっており、実際には8つの首を持った蛇−−−−ヤマタノオロチであった。
「ヤマタノオロチ!?なんで、日本神話の怪物が…?」
「儂にもとんと検討がつかぬ。」
忌々しげに言うゼウスに早苗もモニタに視線を戻せば、先ほど雷に打たれたはずの蛇の姿があり、焦げ跡ひとつついていないその様子からはダメージはこれっぽっちも感じられない。早苗は思わず「え?」と呟いた。
一番最初に神々を打った時もそうだが、ギリシャ神話の全知全能の神であるゼウスの雷はかなり攻撃力が高いように見える。それを眩しいほど威力で喰らっても傷ひとつつかないのだ。
確かに日本人にとってはヤマタノオロチもなかなかに有名で力のある化け物ではあると思う。よく絵本にも出てくるくらいだ。しかしながら、地位のあるゼウスに打たれても無傷なほどではないと思われる。早苗は頬をかいた。
「ともかく、あの大蛇がこちらへ向かってきているのであれば、今すぐ生徒たちを避難させるべきです。生徒会へ指示を出しましょう」
「そうだな…。一度、生徒を避難させよう」
その言葉に大蛇の向かう先が校舎であると理解した早苗は、すぐに学園長室を飛び出した。きっと生徒たちは異変に気づいていない。ゼウスの雷が効かないような化け物相手に、世界の名だたる神々が傷つくようなことがあれば外交問題だ。
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