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陽は再度聞かせたくないと言ってから早苗に優しい声で言った。


「あいつは私たち兄弟が何度声をかけようとも一人閉じこもってばかりいた。それなのにどうしたことか、突然に尊が懐きだした。私は月人に大切な弟を取られたのだよ。そして今は大切な女性を取られようとしている」

「…なぜ、陽さんは私を…いえ、八尺瓊勾玉を持つ女性を『大切だ』とおっしゃるのですか?」

「日本神話は詳しいか?八尺瓊勾玉が作られた理由を知っていたら、私がお前に恋焦がれる理由も分かってくれそうなものだが」


天の岩戸から出てくる1つの理由になった八尺瓊勾玉だ。もしかしたら、その天の岩戸の時から八尺瓊勾玉を「欲しい」と思っていたのだろうか。だから、八尺瓊勾玉に選ばれてしまった早苗を欲するのだろうか。
話しては貰えない理由を必死に考えて、早苗はオーバーヒートしそうな思考を必死に動かした。

ともかくどうにか理解できたのは、陽が八尺瓊勾玉に選ばれた女性を欲しているということ、そして八尺瓊勾玉に選ばれた女性もまた陽を愛するはずだと思っていることだけだ。


「陽さん、少し離していただいても良いでしょうか?流石にずっとこの体勢というのは…ちょっと…」

「戸塚陽、今すぐ彼女を離してください。」


月人が発した珍しく鋭い声に、陽はそっと両腕を解いてくれた。早苗は二人のちょうど真ん中あたりに立つと、何を口にして良いかもわからないので、どちらかが口を開いてくれるのを待った。


「月人、お前は一体何がしたい?私から彼女を奪い取りたいのか?」

「もし、戸塚陽が矢坂早苗を妻としたいと考えているのであれば、俺はそれを全力で阻止することになります。何より、彼女が戸塚陽を望んでいない」

「何を根拠に…」


呆れたように笑う陽に、月人はぐっと早苗の腕を掴んで引き寄せた。されるがままに、今度は月人の腕の中に収まって、早苗は目を白黒させた。


「俺は、矢坂早苗を好いています」


誠実で真っ直ぐな言葉に、顔に熱が集まった。照れるよりも純粋に喜びが勝っていて、その高揚から両頬にさっと朱が差す。


「私…も、月人さんが好きです」


口からぽろっと溢れてしまった言葉に、早苗は自分でも驚いた。目を丸くして驚愕の表情を浮かべる陽に申し訳なく思いながらも、口は勝手に思っていることを紡いでいってしまう。


「月人さんがはじめて笑顔を見せてくれた日、とても嬉しくて、これからも見ていたいと思いました。そして出来るなら、その笑顔は私が引き出したいとも。だから、関係の名前なんて何でも構いません、とにかく、月人さんの側に居たいんです」

「俺も、君がずっと側にいてくれたら、どんなに幸せか計り知れません」


嬉しそうに擦り寄ってくる月人に応えながら、陽が寂しそうな顔で目を閉じたのが見えた。
同時に、早苗の首に下がっている八尺瓊勾玉が、どくんと大きく脈打ったように感じた。勾玉が自分の所有者であるツクヨミに触れられたことを喜んでいるのか、それともアマテラスの悲しみを感じ取って共鳴したのかは分からない。
それでもただ早苗は、月人が見せてくれている穏やかで幸せそうな笑顔が嬉しい。そう思った瞬間、

シャンッ

軽い音をたてて、左手に薬指からロキのつけた指輪が消えた。


「外れ…ましたね」

「はい。今度はここに、俺から指輪を送らせてください」


左手をそっと月人に持ち上げられ、指輪があった場所にそっと唇が落とされた。幸せで胸が一杯になるのを感じながら、早苗ははい、と返事を返すことで精一杯だた。








第13話、終。









2014/08/22 今昔
上手く背景描写が書けるシーンと書けないシーンってありますよね、今回は書けないシーンでした。。。。
そして、神あそはバルドルが一番書きやすかったりします。あと自殺願望シリーズのヒロインちゃん。

次回、ターたんが頑張る。




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