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【02:ユニコーンに追われて】



学校生活が始まって一週間がたとうとしていた。ロキたちは制裁が煩わしいらしく大人しく学校へ通ってきているようで、放課後には授業がツマラナイだのトトが鬱陶しいだのとよく愚痴を零しにやってくる。ロキが来る時は大抵トールも一緒に居て、時折生徒会も部活もないときにはバルドルがやってきたりもした。
今日もまたロキが放課後数十秒後にやってきて、保健室の中でも特にお気に入りらしい窓際のソファに座って早苗の淹れた紅茶を飲んでいる。炎の神様だから暖かい場所が好きなのだろうか。トールはロキとは別の場所に腰掛けて静かに紅茶を楽しんでいる。


「ねぇサナセンセ、人間ってどうしてペット飼うの?」

「うーん、昔は酪農につかったりしていたんだろうけど、現代では見ていると心が休まるからとか、一人暮らしが寂しいからとか。そんな理由だと思いますよ」

「へぇ〜、じゃ兎と鳥を飼ってるセンセも寂しいのォ?」


膝に飛び乗ってきた兎を撫でながら、ロキはからかうように聞いてきた。もちろん寂しくないと言えば嘘になるが、教師という立場にありながら生徒にあたる神様に何か言うのは少し気が引けた。


「寂しくはないわよ?ここではトト様も勉強を教えてくださるし、こっちに来てから生活の質がよくなったことは確かですから」

「ふーん、寂しいならオレたちの部屋に来れば良いって言おうと思ったのにぃ。あ、でもこれはあげる。センセが寂しくないように!」

「ありがとうございます。」


ピンクの包装紙に包まれた飴玉が綺麗な弧を描いて投げられ、その投てきセンスはイタズラの賜物だろうかと驚きながら受け取ると、早苗は早速封を開けて口に入れてみた。イチゴ味の甘い味だった。
美味しそうにしているとロキはちぇっと残念そうな顔をしたので、首を傾げると、ランダムで特殊能力のついた飴玉が入っているのだそうだ。教師に対してなんということをと思わなくもないが、それがロキの本分でもあるため特に何か言うのはやめておいた。

トールが怒る時には怒って良いぞと言ってくれたが、それでも怒ったり厳しく指導するのはトトの役目であり、早苗は気楽に過ごせる空間を作っていたいのだと言うと微笑み返してくれた。
またしばらく二人の学校での話を聞いていると、コンコンと扉がノックされ返事をすると聞いたことのない女子生徒の声がして扉が開けられた。黒髪を後ろで丁寧にまとめた少女は、どうやら人間代表の生徒さんらしい。ロキが姿を見た途端に顔をしかめたからだ。


「あの、矢坂先生…私、人間の代表としてここに呼ばれました、草薙結衣といいます。今お時間よろしいでしょうか?」

「はじめまして、矢坂早苗です。体調不良?男性が居ない方が良ければ、奥の部屋で聞くけれど…」

「あ、いえ!そうではないんです!実はトト様から矢坂先生に頼むように言われたことがありまして…」


草薙結衣と名乗った人間の女の子は扉を丁寧に締めると、少し中に入ってから口を開いた。


「実は、今生徒会のメンバーで遠足を企画しているんです。その引率として付いてきていただけないでしょうか?」

「私が…?担任のトト様のほうが適任ではなくて?」

「それが…トト様はお忙しいようで……。どうしても教師の引率が必要なら矢坂先生に依頼しろと言われたんです。そうすればペケ…尊さんたちが同行する可能性も上がるからと…」


一瞬「尊」というのが誰のことか分からなかったが、そういえば生徒となる神々に名前をプレゼントしたとトトが言っていたような気がする。日本を含め名前を与えるというのは相手を支配するという意味に近いのだが、この少女はその辺り分かっているのだろうか。
たしか尊はスサノオのことであったなと思い、トトの言うペケたちというのが不登校組のことであると思いあたった。クラスメイトとして同じ教室で学んでいるはずの結衣の方が、彼らと親しくなっていると思ったのだが、どうもそういうわけでもないらしい。


「ということだそうだけど、ロキさんはどうされますか?遠足というのはようするにクラス全員でピクニックに行くということです」

「えぇ〜サナセンセが行くって言っても、そこの人間も一緒なわけでしょ?ツマラナそうだからパース☆」

「……ロキが行かないなら俺も行かない。」

「だそうです。」


困った顔を作って言うと、結衣はしょんぼりと眉根を下げてみせた。確かに教師として引率に行かないというのも問題な気がするが、ロキたちが来てくれないのであれば目的は半減してしまう。かといって結衣と賛同してくれる生徒たちに悲しい思いをさせるのも心残りだ。


「引率、というだけでよろしければ、私もご一緒しますよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」


結衣が喜び勇んで生徒会のメンバーに伝えに行くと立ち去ると、ロキは不機嫌丸出しといった顔でこちらを睨んできた。人間が苦手なようなので、人間とか変わってほしくないのかもしれない。本当に母親に甘える息子のような様子に思わず笑みが溢れてしまう。
トールにもそれが分かっているのか呆れたような安心したようなため息をついて、二人そろってロキに意地悪だと言われることになった

遠足は次の日に決行されることになっていたらしく、放課後になると結衣が迎えにきて、早苗は比較的動きやすい服の上に一応白衣を羽織ると慌ただしく結衣たち生徒会メンバーに合流した。なぜか使い魔のトキが離れたがらず、早苗の頭のあたりを飛び早苗が止まると肩に留まるという動作をしはじめたので、仕方なくトキも連れて行ってあげることにした。

生徒会に所属しているのはギリシャ神話のアポロン、日本神話の戸塚月人ことツクヨミ、そしてゲルマン神話のバルドルと人間の結衣だそうだ。バルドルとは面識があったため、残りの二人に自己紹介を簡単に済ますと、4人は遠足と称したピクニックに出かけることになった。


「ところで妖精さん、人間の遠足の決まり事、定番っていうのを聞いても良いかな?」

「そうですね…景色の良いところでみんなでご飯を食べたり…」

「それじゃぁ、購買部でお弁当を買って行きましょうか。ヘルメス様の経営されている場所だから、大抵のものは揃うわよ?」

「購買があったんですね!!」


どうやら神々の相手を一気に引き受けているせいで余裕が無い結衣は、購買の存在をしらなかったらしい。早苗が生徒会室に必要なもの程度なら依頼すればすぐに届くだろうと言うと、結衣は嬉しそうに購買を物色していた。
5人はそれぞれ好きなお弁当を買うと----というよりも貰うと、レジャーシートも合わせてバックに入れて学園の外にあるという牧場を目指すことになった。





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