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「愛しているよ、−−−−。さぁ、これを持って。何度生まれても、これで私たちは……」


呼ばれたはずの名前は、なぜか聞き取れなかった。
早苗はその神から、綺麗な色の首飾りを受け取った。そっと首にかけてくれたその首飾りには、太陽の光を鮮やかに跳ね返す勾玉がついている。
真っ赤な木の葉が舞い散る中で、その神は早苗を抱きしめる。


「さぁ、これ以上ここにいてはいけない。行くんだ。」







【 13:緋色が舞う中で 】







夢の中でブラックアウトした視界からそのまま、早苗は目を覚ました。寝ぼけて足でも攣ったのか、ふくらはぎのあたりがビリビリする。目を開けても視界が暗いな、頭が重たいなと思っていると、どうやら顔面に枕が乗りそのさらに上にウーサーが乗っているらしい。


「ちょっと、ウーサー…あんたどこで寝てるの…」


重たいよと文句をいいながら早苗は起き上がり、いつもの週間でカーテンをあけると日光を浴び……たかった。よくよく時計を見てみればまだ4時前で、西の空にはまだ月が見えている。
ウーサーのせいでとんだ早起きをしてしまった。起きるには流石に早いので二度寝をしようとベッドに戻ったところで、早苗はこの部屋の新たな同居人が居ないことに気づいた。月人のベッドに、いつも見える紫色の頭がないのだ。


「どこに居るんだろう?」


100mは離れられないはずだと思いたち、下手に動いて距離が離れるのは困ると早苗はまずは廊下に顔を出して左右を見てみた。人影はない。次に保健室の窓から外を見てみた。案外すぐに見つかった月人は、保健室から一番近い植木の下で、沈んでいく月を見つめていた。
何かを憂うような表情。悲しそうな、諦めているような表情に早苗は視線をそらすことが出来なくなった。やがて月がほとんど見えなくなると、月人はくるりとこちらを振り返り、そして早苗が見ていることに気づいたのかハッとした顔を見せた。


「おはようございます。」

「おはようございます、月人さん。随分と早起きですね」

「いえ、それは間違いです。俺は寝ていませんから」

「は?」

「月を、みていました」


早苗はアイタタタと眉間に手をあてた。月を見ることが使命であるとすら思っているであろう彼のことだ。もしかしたら今までも毎晩眠らずに月を見上げ、夜明けと共に布団へ戻っていたのかもしれない。


「それと、今日はすみません。うっかり遠くへ足を伸ばしそうになって、先ほど慌てて引き返しました」

「え?あ、もしかして…100m…」

「恐らく超えてしまいました。全身に雷が走って…恐らく君も同じ状態になったかと思うので、申し訳ないです」


今朝、異常に早起きをさせられたのは、どうやらウーサーのせいではなく月人のせいだったようだ。
最初の頃に比べたらだいぶ分かりやすくなった感情表現のおかげか、彼が少なからず落ち込んでいることは分かった。早苗にも雷を食らわせてしまったことは申し訳なく思っているらしい。


「いえ、私も今日は早起きするつもりでしたから。」


舞い散る落ち葉を見ながら、早苗はついに文化祭当日となってしまったのだなと思いだした。アポロンと二人で演目のバランスをとり、舞台の物理的な準備は月人と共に行う。こうして生徒会の準備につきあっていると、やはり生徒として同じ教室に通っていてもよかったかもしれないと思うから不思議だ。
心の中で今日演奏する曲を歌いながら空を見上げると、釣られるように月人も空を見上げた。東の空が少しずつ明るくなってきていて、文化祭が始まるという高揚感を煽る。


「夢を見ました。」


月人はふと静かにしゃべりだした。


「月明かりの中で、俺は宝玉を見つめていました。周りには紅葉が舞っていて…俺の居る部屋には鏡があって……そこに、アマテラスが居ました」

「アマテラス様が?」

「彼は言いました。『陰と陽は惹き合うものだ。』と。俺から宝玉を取り上げ、渡さないとも言いました」


なんとなく、最近早苗が見る夢と似ているが、月人の覚めた様子に言うことは躊躇われた。アマテラスと偶然にも校舎で出会った時にも、彼はあまり嬉しそうではなかったし、あえて話題に出す必要もないだろう。
自分の夢に出てきたあの綺麗な舞い散る緋色を、月人も同じように見てくれていたのなら嬉しいが、話題に出しては暗い顔をさせてしまいそうだ。早苗はそっと月人の服をちょんと引くと、朝食にするか少し寝ようと提案して保健室へ戻るよう促した。
一睡もしていないことになる月人を布団に行かせ、早苗もいつも起きる時間に目覚ましがセットされていることを確認すると目を閉じた。



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