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文化祭の開催は準備を含めて2週間後に決められた。タイトなスケジュールではあるが、ゼウスがいつ季節を冬にしてしまうかわからないため、準備期間のラスト1週間は午後の授業を休みにすることにしてもらった。トトとの交渉はもちろん早苗の役目だった。
最近ではトトもだいぶ早苗に甘い、というよりも学校の行事のためといえば授業を削ることにも抵抗がないようだった。純粋に授業をするのが面倒なだけかもしれないが。

月人と100m以上離れられないため、仕方なく一緒にステージの設置を行い、ある程度の準備が整うと、早苗は月人に声をかけた。


「月人さん、この後音楽室へ行きたいんですがお時間大丈夫ですか?」

「問題ありません」


早苗は中庭の大きな木を囲うようにして作ったステージを見つめ、達成感に1つ頷くと月人を伴って音楽室へ向かった。どこの学校もたいていがそうであるように、最上階の片隅にある音楽室へ入ると、月人は珍しそうに棚に置いてある楽器を眺めはじめた。


「私、ちょっと練習したいので申し訳ないですけど100m離れないようにお願いします。」

「分かりました。」


現世から持ってきてしまったmp3プレイヤーがこんなところで役に立つとは思わなかったが、素直に楽器を見ている月人をよそに、早苗はセトリを考えながらギターのチューニングを始めた。デビュー当時からファンだった歌手の曲に、アコギがメインの曲があったなと思い、再生する。失恋の曲だが、縮まらない相手との距離を観覧車のゴンドラに例えた歌詞が好きだった。
耳コピをしながらコードを指で抑えて奏でていく。放課後の西日がカーテン越しに入ってきて綺麗だと思った。そこでふっと、アマテラスに言われた名前を考えろという話を思い出し、太陽の陽で「あきら」と読ませるのがいいかもしれないと思い立った。
単純な思考だが、中性的な響きもとてもアマテラスらしいと思うのだ。


「何を考えているのですか」


ずしっと背中に重みを感じた。耳のすぐ近くで聞こえた声に今の体勢を理解して、早苗は固まった。


「手が止まっています。」

「月人さん…今度は誰の助言を試したんですか?」

「バルドル・フリングホルニです。年上の女性には後ろから抱きついて甘えてみるのもいいだろうと、先ほど助言されました。」

「………ネタばらしをしなければ完璧でした」


バルドルまで助言したのかと呆れ半分、的確に女性の喜ぶところを突いてくるなと感心せずには居られない。しかも、月人の見た目が良いことを計算に入れての助言だ。流石に早苗もあまりにも酷い人にこんなことをされたら全力で逃げ出すし、トトかゼウスあたりに相手を消し去ってもらう。
早苗は寄り添ってくる月人の体温を少し嬉しく思いながら、先ほど思いついた曲を演奏し、イントロが終わる小節で息を深く吸うと歌い出した。月人は少し驚いたようにビクついたが、、またすぐに早苗の背中に戻ってきて曲に耳を傾けてくれているようだった。

歌い終わると、月人は興味深そうにギターに手を伸ばし、指先で弦をそっと弾いた。ぼろーんと間抜けな音がしたが彼はその音さえも興味深いのか、今度は他の弦も指先で弾く。


「気になりますか、ギター?」

「君の演奏が上手いか下手か、俺には分かりません。ですが、聞いていて不思議と心地よいと感じました」

「いい傾向です」


様々なことに無関心だった彼が、少しずつではあるものの興味を抱き始めている。その対象が何であれ、とても喜ばしいことだ。窓とカーテンの向こう側で、風に巻き上げられた緋色の木の葉が綺麗に舞っていた。






第12話、終。





2014/08/18 今昔
月人ルートではゲームのルートとはまた違うお話になる予定なので、危惧していることがあります。「ただの緋色の欠片になるんじゃないか」という危惧が…
「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」がどんなものか調べていただくと、より保健室の女神様を楽しんでいただけると思います。この話もそうですが、トトルートで陽さんがヒロインにちょっかい出す理由とか、分かると思います。




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