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図書室へ入ると、トトは何事かと機嫌悪そうに声をかけてきた。
駆け寄ってきたアヌビスの頭を撫でてやってから、早苗は朝食(トウモロコシ)の邪魔をしたことを詫びてから、指輪を見せた。トトに事情を全て説明したが、指輪の外し方は分からないそうだ。
そもそも神話の神が他国の神話に伝わる道具に、何か影響を及ぼすことは出来ないのかもしれないなと、早苗は思い立った。

とにもかくにも指輪を外すことは出来ず、トトの提案により早苗は授業中はAクラスで一緒に授業を受けることになってしまった。保健室を留守にすることについてはロキが盛大な罰をうけ、さらに昼休みには保健室へ戻ることで良しとするようだった。
ウーサーとトッキーという心強いスタッフが居るため、早苗が多少留守にしても怪我人の対応くらいなら出来るだろうから問題ない。早苗は無理に納得すると、さっそくその日から用意された席についた。


「あっれ〜、シャナセンセも授業受けるの?」


これから罰を言い渡されるとは知らないロキは、してやったりという楽しそうな笑顔で早苗にちょっかいを出しにきた。盛大なため息をついてスルーしてやると、ロキは更に顔を覗き込むようにしてくる


「まさかシャナと一緒に授業受けられる日がくるだなんてェ〜、オレってばラッキー☆ これでからかいたい放題だね!」

「ロキさん、私に悪戯してきたらトト様に思いつく限りの罰則を与えてもらいますよ?」

「別に宿題3倍とか言われてもやらないだけだしィ〜」


呆れてものも言えないが、クラスに一人は居るよなこういうタイプ、と早苗は感慨に浸った。早苗が直接は関わりを持てなかったクラスメイトたち。見ているだけだったその光景に、今自分も組み込まれているのだと思うと少し嬉しかった。
そろそろ鬱陶しいなと思っていると、すっとロキが後ろに距離をとった。何事かと顔をあげると、彼が距離をとったのではなく、月人に後ろから引っ張られたのだと把握した。


「ロキ・レーヴァテイン、矢坂早苗が困っています。」

「あら、ナイト様の登場ってワケ、いい傾向じゃないのォ♪」


ロキはニヒヒと独特な笑い声をあげると、月人に捕まえられた腕を解いてバルドルの元へと行ってしまった。朝から教室を騒がしくしてしまって申し訳ない限りだ。
早苗がココ数日で癖になりつつあるため息をつくと、月人が机の上に一枚のルーズリーフを差し出してきた。「秋の行事」と書かれたそれは、どうやら書記であるバルドルの文字らしい。他国の神が書いた文字も日本語で読めるということに感動しつつ、早苗は中身に目を通した。


「人間が秋に行う行事をリストアップしています。君にも選んで貰いたいと、生徒会からの要望です」

「なるほど…私と草薙さんのせいか、今までの行事は日本人に偏っていました。せっかくなら、他国の行事にも挑戦したいですね」


早苗は羅列されている行事たちを眺めた。行事の名前と概要、それからその案を出した神々の名前が書かれている。用紙の中に提案者ロキの案件を見つけ概要を見てみると、フードフェスティバルと書かれていた。ロキから提案してくるだなんて珍しいこともあるものだ。
そのすぐ下にはアポロンの音楽祭という案が書かれている。早苗の頭のなかで学校になくてはならない1つの行事がひらめいた。


「そうだ、文化祭しましょう!ハロウィンも兼ねて仮装をして!」

「……俺たちはまだ生きているので火葬は必要ないかと思いますが」

「そっちじゃなくて、えっと…つまり、ハロウィンっていうのはお化けや妖怪の格好をして楽しむお祭りですよ。」


早苗は後から月人にハロウィンについて説明すべく資料を集めようと頭の隅に留め置いて、文化祭の提案を生徒会メンバーへ話した。放課後からさっそく計画を練ろうと言ってくれた結衣にお礼を言うと、早苗ははじめてうけるトトの授業を楽しみにしながら自分の席へと戻った。





鳴り響くチャイム。早苗は真っ白に燃え尽きていた。
一日授業を受けることがこんなにも辛かったとは。現役学生時代はどうしてこの授業をのりきれてたのだろうか。謎である。


「矢坂早苗、生徒会室へ向かいますよ」

「はい、行きます」


ぐったりする体に鞭打って歩くと、使っていないはずの股関節がゴキゴキと痛かった。社会人の運動不足を嘆くしかない。両肩を軽く回しながら生徒会室へ入ると、早く早くと急かしてくるアポロンに文化祭について説明をした。

今回早苗が提案した企画は文化祭という名称を持っているものの、ロキから出たフードフェスティバルの案を踏襲しつつハロゥインを織り交ぜた…つまり、現代日本の普通高校がよくやるような秋の文化祭をイメージしている。
ただし、出し物はクラス単位ではなく有志とすること、仮装は全員強制であることがルールだ。さらに、アポロンからの音楽祭の案も取り入れるため、中庭に小さなステージを作ってコンサートを開くという案もつけくわえている。


「というのが、私からの文化祭の案です」

「すごい…日本の学校行事も盛りだくさんですね!アポロンさんは音楽の神様でもありますし、コンサートがとても楽しみです!」


話だけでテンションがあがったらしい結衣はわくわくと生徒会で出したい模擬店をあげていて、それが何か聞かれる度にアポロンへ聞かせ始めた。
楽しそうに笑い合う二人に、早苗はなんだか胸が暖かくなるのを感じた。微笑ましいカップルだと思う。明るく真っ直ぐなアポロンと、古風な感じで隣に寄り添い支える結衣。二人が夏休みの臨海学校でどんな経験をしたのかは分からないが、ともかく二人の様子は見ていて羨ましかった。


「いいなぁ」


小さい声だったもののうっかり口から零れた言葉に、早苗はびっくりした。どうやら、この年齢になっても人並みに恋愛をしたいと思っていたらしい。
すると隣に座っていた月人に手を握られ、早苗は何事かと顔をあげた。


「恋人同士とは、こういうことをするものだと、ロキ・レーヴァテインに教わりました」

「………教わったって言わなければ完璧でした」


やはりどこかズレているなぁと微笑ましく思いつつ、早苗は手を解くことはせずに結衣のあげている模擬店の一覧を見つめた。早苗が出店まで手伝う必要なないだろう。それよりも出演者の少なそうなステージに演奏する側として出る方が、よほど文化祭を盛り上げられそうだ。


「草薙さん、私の名前、ステージの音楽祭の出演者の方に入れておいてください」

「先生、何か楽器をされるんですか!?」

「せっかくなので、ギターで弾き語りとか…しようかなと思いまして」

「では俺はステージの制作と進行の係になります」


ぽんぽんと決まっていく話に、早苗は今回も成功するのだろうなという漠然とした予感を感じながら、何を演奏しようかと頭の中にレパートリーを広げた。





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