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「戸塚兄はシャナセンセのこと好きなんでしょ?だったら問題ないよねェ?」

「確かに俺は矢坂早苗が嫌いではありません」

「ほら、問題ナッシーン!!」


ロキは月人と早苗の手をとると無理やり繋がせて、一人楽しげに笑い声をあげた。


「……ロキ、あまり先生に迷惑をかけるな」

「でもさ、トールちん。戸塚兄のこの恋愛に無頓着すぎる様子って、見ててイライラしてこないワケ?オレもう見てて限界。」


芝居がかった身振り手振りで言うロキに、早苗は深くため息をついた。確かに月人の何事にも無関心な様子は危惧すべきだろう。人間を学ぶことも義務的に行っているだけであり、人間に興味を持ち、愛情を持ちとしてくれているわけではないのだから。
この指輪が外れなければ帰れない、ということもないだろうから、早苗はまぁいいかと団子を片手に座り直した。


「トールさん、もういいですよ。外れなくても問題ありませんし」

「……いや、その指輪をつけた二人が半径100m以上離れると」

「ビリビリッ!ってするから気をつけてねェ〜」

「は?」


可愛らしくウインクしてみせたロキに、早苗は殺意すら覚えた。半径100mなんて、そもそも教室と保健室がギリギリセーフなくらいで、男子寮と早苗の私室は確実にそれ以上離れている。
語尾に星マークを飛ばして可愛くビリビリッと言ったところで、解決もしなければ許せるはずもない。物理的な制約でプライベートが無くなるようなものだ。


「ほらほらー、二人が恋人同士になれば外れるんだから、頑張ってよ」

「が、頑張るって…恋人って頑張ってなるようなものじゃないですよね…?」


そもそも。本当の恋人、というのは要するに「心から愛し合っている者同士」ということであろう。早苗の生きていた現代日本とは「恋人」という言葉の定義がだいぶ異なる。
形だけであれば、やることやってしまえば良いのだろうが、心からというところが月人にとって最大の壁になりそうだ。
早苗はそう冷静に考えて頭を抱えた。この無関心な彼に一体どうやって愛情を教えればいいのだろうか。それとも100mの制約を受け入れて卒業まで生きていくのが良いのだろうか。


「俺には……恋人というものが分かりません。ロキ・レーヴァテイン、恋人になるためにはどうしたら良いのでしょうか」

「んー、とりあえず、キスしてみたら?」


月人よ、聞く相手を間違えている。
早苗は心の中でツッコミを入れた。早苗だってまだ成人して数年の若輩者、真実の愛がどうのこうのと言われてもさっぱり分からない。分かるのはロキにその質問をするのは間違いだということくらいだ。


「キス……接吻……口吸いのことですか。」

「言い直さなくていいだろ兄ィ!っつーか、おれはむしろ、先生がロキに手出しされなくてよかったと思うぜ。兄ィはいい男だからな。」

「いや、だから尊さん、月人さんにも選ぶ権利というものが……」


早苗が尊のセリフに本日何度目かも分からないため息をついていると、突然顔を両手で包まれた。月人の顔が目の前にあり、無感情で何を映しているのかも分からない目がばっちりとこちらの目を見つめている。
背後でトールが息をのみ、アポロンとディオニュソスが「いいぞ、やれやれ」なんて囃し立てているのが聞こえた。早苗は万が一が起きてはならないと、両手で月人の両肩を押しのけようと力を入れた。


「矢坂早苗、接吻をする時には目を閉じるものだとロキ・レーヴァテインが言っていました」

「いや待ってください!形から入るにしてもキスよりまえに色々あるでしょう!それにキスはこんな人前でするようなものではありません!!」

「では、二人きりなら問題ありませんか?」

「誰かに強制されてするものでもありません!」

「俺がしたいと思うからする、と言ったら君は受け入れてくれますか?」


へ?とマヌケな声が出た。一瞬腕から力が抜けたせいで、互いの距離が一気に縮まり、音もなく唇が触れ合った。
月人は早苗と恋人になることが嫌ではないのだろうか。もしかしたら、いつもの義務感ではなく本当にそう思ってくれているのではないだろうか。ほんの少しそう思って油断したうちに、お互いに目をつむることもなくキスは終わっていた。


「で、戸塚兄、『恋人』について何か分かった?」

「いえ、全く」


月人に両頬を固定されたまま、早苗は放心していた。この歳になってしまえば間接キスくらいなんとも思わないが、恋人でもない相手に口にキスされるのは流石に抵抗がある。
そう思っていたはずなのに、なぜか月人にされたキスは嫌ではなかった。むしろキスすることで何かに気づいてしまったのは早苗の方なのかもしれないとすら思わされる。


「ですが」


早苗の思考を止めるように、月人がこちらに視線を戻して呟いた。


「今日の月は、とても綺麗だと思います」


少し口元を緩めた月人に、早苗は目をそらすことが出来なかった。











第11話、終。







2014/08/18 今昔
流石に同じヒロインで3人目のルートともなるとネタ切れ、というか、だいぶ書きにくくなってきました。(白目
ともあれ、この月人ルートを書かないことにはヒロインの持っている宝具を八尺瓊勾玉にした理由が書けないので頑張ります。




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