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お月見の当日には午前中で授業が終わり、夕方にもう一度教室へ集合してもらうことになっている。早苗は授業終了と同時に参加者である神々が揃っている教室へ向かうと、全員に浴衣のセットや羽織を配布した。
今回の初秋の行事は準備期間が短いこともあり、参加者はAクラスに居る神々だけだ。


「すげぇ凝った柄だな…早苗先生、これおれたちのためにわざわざ用意したのか?」


尊は受け取った浴衣と羽織を見ると、地の柄と帯の模様を見て目を丸くした。月人も気に入ってくれたのか、少し広げて柄や布の手触りを確かめると1つ頷いた。


「全員分、生地も柄もこだわりがあるようですね。矢坂早苗、ありがとうございます。」

「いえ、私も皆さんに一番似合うものを…と考えるのは楽しかったですから。気に入っていただけたら嬉しいです」


中庭に用意されたお月見セットは、ベンチにススキを飾った花瓶、それから大量に作ったお団子と、購買で手に入れた饅頭や大福などの和菓子だ。


「へ〜、餡子にきな粉…ずんだもあるのか。さてどれが一番ワインに合うかなぁ〜っと」

「ディオニュソスさん、お酒持ってきたんですか!?」

「ディディ駄目だよ、駄目!これは学校行事なんだからワインは駄目だよ!」


結衣とアポロンが必死に止めているが、今日ばかりは早苗もディオニュソスのワインは黙認するつもりだ。月見酒の素晴らしさを伝えるのも悪くない、というよりも、あわよくば早苗も少し飲もうという魂胆だ。
普通の学校と違って未成年が通っているわけでもなければ、そもそも神様に年齢を気にするというのも可笑しな話。今日は夜間である上にわざわざ週末を選んだのだから、少しくらいなら飲んでも良いはず!と早苗は缶のカクテルを取り出した。


「矢坂先生まで!」

「あ、草薙さんは流石に駄目ですよ?」

「当たり前です、飲みません!」


頬を膨らませた結衣はアポロンと共に着替えに行ってしまい、他の神々も順番に着替えに行くと中庭でのお月見大会が始まった。神様とはどの国でも祭り好きなのか、早苗がわざわざ口出しせずともしっかりと盛り上がっている。
心配は要らないなと、早苗は少し離れた場所に置いたベンチに腰掛け、持ってきた缶のカクテルとお団子を置いて月を見上げた。

ギリシャ神話のアルテミス、日本神話のツクヨミ、北欧神話のマーニ、エジプト神話のコンスとトート。様々な国、様々な形で信仰されている月は、同じように国によって様々なものが住んでいるとされている。
早苗は月の凹凸を見ながらどれが兎に見えるのだろうなと考えつつ、近づいてきた紫色の頭に視線を降ろした。


「月人さん、皆さんとお話されなくていいんですか?」

「…俺は、会話があまり得意ではありません。それに、他人に対して興味も持てません」


月人はいつも通りの無表情で言うと、ベンチのお団子のお皿を挟んで早苗と反対側に腰掛けた。そしてすっと月を見上げると少しだけ目を細めて眩しそうな、それでいて嬉しそうな顔を見せた。
彼にとって月を観測することが責務なのであれば、賑やかなお月見よりも儀式的な意味でのお月見がいいのかもしれない。早苗はそう思って話しかけることはせず、同じように月を見上げてみた。


「矢坂早苗、君は月を好きだと思ったことがありますか?」

「異性への愛情のように恋い焦がれたことはありませんよ。でも、こうして見上げれば綺麗だなと思いますし、人間的な観点で言えば月が無いと潮の満ち引きに問題が出るので困ります」

「俺もありません。あくまでもこれは俺に課せられた任務であり、そこに感情は必要ありません。…」


月人はふいと月から目をそらすと、早苗の顔をじっと見つめてくる。異性からしっかりと視線を投げられることなどそうそうなく、早苗はどうしていいか分からずにただ見つめ返した。


「ですが、君と海を見た時と同じで、今日の月はとても美しいと…そう思います」

「月人さん…」


月が美しいと言った彼の顔は、臨海学校で見た時と同じように穏やかな笑みを浮かべていた。見るものを魅了してしまう、満月のようなほほ笑みに早苗もまた視線を逸らすという選択肢を与えられなかった。
早苗は自然と自分の口元も緩んで笑顔になるのを感じながら、そっと小さな声で問うてみた。


「月人さんは、何かやりたい行事や皆と行ってみたい場所はありますか?」

「ありません。…というよりも、興味が持てないのです。俺の心はどこか遠くへ置き忘れてきたようです」

「そんなはずありません、今もそんなに優しく笑えているのに。きっと、興味が持てるものが見つかるはずです。まだ箱庭での生活はあと半分残っています。一緒に探しましょう?」

「いいねェ〜♪戸塚兄とシャナセンセ、いい雰囲気じゃないのォ!」


早苗は突然両肩にのった手にベンチから飛び上がる程驚いた。かなり恥ずかしいセリフを聞かれてしまったようだ。
後ろからやってきていたロキは早苗の左手をつかみ、どうして持っているのか袂から指輪を取り出して薬指にはめた。何か聞く前に月人の左手もとると、同じように薬指に指輪をはめこんでしまう。


「そんな二人に出血大サービス!」

「ロキさん…これは?」

「『魔法の指輪』、二人が真の恋人同士になった時外れるように出来てるヨ☆」

「………」

「ちょっと!!なんてものつけるんですか!!ロキさん、外してください!!月人さんにだって相手を選ぶ権利はあります!!」

「でもでもぉ、二人とも兎連れてるし、お似合いだと思うよォ?」


早苗が声を荒立てると、何事かと他の神々が集まってきてしまった。いつもの悪戯かと呆れたような顔をしてやってきた神々の中、トールだけは早苗と月人の手に視線をやって目をまるくした。どうやらその指輪がどういうものか知っているらしい。



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