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「浴衣…だと寒そうだから着物でも良いかなぁ…」


早苗はヘルメスが用意してくれた部屋の中で、たくさんの布に囲まれていた。世界各国の布という布が集められた部屋の中には、実に多様な巻き方をされた布がつまっており、早苗はそれをひとつひとつ手触りや色を確認していく。
先ほど、団子の材料の発注は完了し、お月見につかうベンチや赤い布の手配も完了している。問題は神々にどんな浴衣を着てもらうか、ということだ。それぞれに似合う色や布地を考えるのはたのしいが、特別こういったことに詳しいわけではないので時間がかかる。浴衣特集の乗っている雑誌をペラペラとめくり、行ったり来たりしながら選んでいく。
日本人男性は黒髪が多く、染めていても突拍子も無い色の人は少ない。顔立ちはごまかしようもなく日本系の人が多いので、外国神話の神も居る今はそもそも雑誌が役に立つのかも不明だ。


「月人さんは黒、尊さんは青と緑かなぁ…」


そんなことを考えながらふと窓を見ると、山の斜面が綺麗な黄色と赤色に染まっているのが見える。早苗は自分の着物用に紅葉が舞っている柄の布地を選び脇へ避けておくと、再びうんうんと唸りながら布選びを再開した。






【11:仮初めの恋人】






お月見当日まであと数日。夏の名残を感じさせる暑さも少し弱まっている。朝夕は比較的冷え込むので、早苗はベッドに毛布を足さなくてはならなかった。久々にでてきた毛布が嬉しいのか、ベッドの上にはウーサーが居座るようになった。
肝心のお月見の準備の方は注文していたベンチの組み立てと、前日に作る必要がある生菓子のみを残している。早苗はどちらも前日に終わらせてしまおうと考えており、あと数日はのんびりと過ごせる予定だ。今回は仕事量も少なく結衣たち生徒会の力は借りていないため、助っ人はウーサーとトッキーだけだ。
因幡の白兎もどきも手伝ってくれようとはしていたのだが、トラブルメーカーの作った人形だ。何か手伝うたびに問題を起こしたので、手伝いは禁止にしている。


「しっつれいシマース☆」


ガラガラと保健室の扉が開き、早苗は書いていた書類から顔をあげた。ロキは入ってくるなり足元へ寄っていった因幡の白兎を抱き上げると、窓際のお気に入りの場所に腰掛けた。今日も特になにか用事があるわけではないらしい。


「ねぇ、次の行事はセンセが考えてるんでショ?オレにもさ、準備手伝わせてよ」

「駄目です。ロキさんが準備したら…当日大変なことになりそうです」

「ちぇ〜」


ロキはポケットからキャンディを取り出すと包装紙を開き、真っ青なそれを口の中へ放り込んだ。膝の上に乗った白兎の背中を撫でながら、ロキはそういえばと口を開いた。


「そういえば、戸塚兄がなんだかシャナセンセのこと気にしてたけど…何かあったの?」

「月人さんが?いえ…強いていうなら今度の行事のことでしょうか。彼も生徒会のメンバーですから、何かやりたいことがあったのかもしれません」

「……ふーん。オレは手伝っちゃ駄目なのに、戸塚兄ならいいんだァ」


膝に乗った白兎とともにニヤニヤと笑うロキに、びくりと両肩が震えた。
月人は生徒会のメンバーなのであって、行事の成功には人一倍努力してくれる。だからこそ今回も何か手伝ってくれるのではと思っただけで、決してなにか少女漫画的な展開を期待しているわけではないのだ。断じて!
熱くなった頬を仰ぐのもわざとらしいので、早苗は再びペンをとって浴衣特集の乗っている雑誌に目を落とした。着付けの方法や帯のアレンジの方法を見ておきたいのだ。


「別に、月人さんに手伝ってもらうだなんて一言も…」

「赤くなっちゃって、かーわいい」

「からかわないでください!!」


早苗はロキのせいで妙に意識してしまい、月人や生徒会にお月見の準備をお願いすることもなく、翌日は一人で全員分のお団子を作り他のお菓子も手配した。
全く気にしていない、そんなことあるはずがない。そう思うのに、どうしてか臨海学校で見た穏やかな笑顔が頭から離れず、心臓が苦しいような痛いような状態でお月見を迎えることになってしまった。



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