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目覚ましの音と、首元の苦しさで早苗は目が覚めた。会社へ行かねば…と携帯のアラームを留めたところで、今日が土曜日であることを思い出し、うっかり早起きしてしまったことを憂いた。
ともかく二度寝するのも頭が痛くなりそうなので起き上がると、カーテンを開いて日光を浴びる。こうすることで体内時計がリセットされて過ごしやすくなるのだ。と、今までやってもいなかったことを思いながらのびをした。
首元の苦しさが気になって手で触れてみると、昨晩とどいた勾玉がそこにぶら下がっており、ペンダントにするには少し大きすぎるデザインのような気もする。ともかく首が重たいのだ。付けた覚えはないのにと思いながら外すと、早苗はいつもの休日と同じように過ごし始めた。


「たまには散歩でも行くか」


ネットサーフィンするのも飽きてくると、散歩に出て近所の神社に行ってみたり、時間とお金に余裕のある休日には、少し遠出してパワースポット巡りなんかもしてみる。
平日は普通の会社員として過ごし、休日は時折オフ会やらに参加してみたり、数合わせで合コンに呼ばれたり。いたって普通の人生を歩んでいる自信がある。早苗は特にこれといった恋愛をすることもなく、年齢ばかりを重ねていった。
流石にそろそろ結婚して子供産まないとしんどいな、と漠然と思うのだが、どんな男性相手でも、恋人にはなれても寝たいとは思えなかった。なんとなく、男性と寝るのは気持ち悪かった。


「うわ〜、雨だ…」

「矢坂さん、傘無いんですか?オレの貸しますよ?」

「あ、別にいいわよ、走って駅まで行けば問題ないでしょ」


声をかけてくれた後輩の男性社員にありがとね!と言い残すと、早苗は3cmしかない低めのヒールで走りだした。小ぶりの雨の中を駅まで走ると、雨雲の間から月が見えた。またすぐに見えなくなってしまったことを残念に思いながら電車に乗り込む。
花の金曜日、たまにはコンビニ弁当で済ませるかなと、自宅の最寄り駅を出るとコンビニにたちよった。


「いらっしゃいませ〜」


間の抜けるバイトさんの挨拶を聞き流して、店内放送を聞きながら弁当を選ぶべく、入ってすぐに雑誌の置いてある通路へと曲がった。金曜日なせいか、飲み会帰りとみられる酔っぱらいも多い。私も飲みたいなと缶ビールの棚に目をやると、金色の缶が異様に輝いた。


キーッ


高いブレーキの音に雑誌棚の方を振り返ると、車のライトが視界いっぱいに広がった。あ、これやばいな。なんてのんきに思った時には、早苗の意識はブラックアウトしていた。






<なるほど、コンビニエンスストアに、ブレーキとアクセルを踏み間違えた自動車が突っ込み、偶然にもその場に居合わせた女性が圧死、と。ふん、随分と間抜けだな。>

「トト、あまりそのように言わないでやってはくれないか。八尺瓊勾玉のお陰で彼女はどうにか運命をねじ曲げたのだから」


赤と白のグラデーションになった髪の毛に、太陽をモチーフにした髪飾り。女性的な面立ちの男性は早苗の新たな上司であるアマテラスだ。アマテラスは特大の鏡に移した別世界の住人と会話を楽しみ、そして時折は横に控えている早苗にいじわるな目を向けた。


「それにして、八尺瓊勾玉を持っていたお陰で黄泉に行かずにすむとは、本当に幸運な娘っこだ」

「…アマテラス様、あまり虐めないでください」

「おや、可愛い部下を素直に可愛がっているだけだが、なにか問題が?」

<虐めるなと言ったそばから自らが何を言うか>


鏡に映った白髪に金色の瞳、褐色肌に白い翼を生やした神がため息をついた。
コンビニであっけなく人生の幕を下ろした早苗は、なんとなく持っていた八尺瓊勾玉に導かれるまま、他の死人とは違い存在が神格化された。つまり、人間としての輪廻転生の輪からはずれ、神にほど近い存在へと成り代わったのだ。
それを見つけてくれたのはその夜にこれまた偶然地上を見下ろしてた月人----ツクヨミであった。そしてツクヨミの手助けで高天原へやってきた早苗は、アマテラスの補佐官としていかんなく能力を発揮しているのだ。


「して、この可愛い部下は箱庭での記憶を取り戻したわけだが…返して欲しいか?」

<…何のつもりだ、アマテラス?>

「おやおや、知らぬふりとは性格が悪い。お前が欲しがらないのなら、私が嫁に迎えても良いのだが…」

<その煩い口を縫い合わせるぞ>


低い声を出したトトに、おぉ怖い怖いとアマテラスは笑った。

早苗の前でアマテラスが使っている鏡は、箱庭でゼウスとの会話に使われていたもので、今はエジプト神話の世界へと通じている。神話の世界に戻り神の姿となったトトは、国柄なのか上半身の露出が多く、正直なところ目の保養であるが毒でもある。
始めてアマテラスが通話をしてくれた時には再び姿を見られた喜びでそれどころではなかったが、今では恥じらう余裕が出てきた。


「して、どうして欲しいのか言ってみると良い」

<その女は私のものだ、返してもらおう>

「はじめから素直に言えば良いものを……」


呆れて大きなため息をついてから、アマテラスはよこで控えていた早苗に顔を向けた。


「して、お主の判断は聞かずとも問題ないな?」

「アマテラス様のご了承がいただけるのでしたら、私は

「建前など要らぬ、好きな場所へ好きなように行けば良い。立ち去るときには私とスサノオ、ついでにあの出来の悪い弟にも声はかけてやってくれ」

「はい!ありがとうございます!」


早苗は勢い良くお辞儀をした。顔をあげてから鏡の方へ目をやるとトトと視線が絡み、彼の口元がふわっと緩む。つられて早苗も微笑めば、頭にアマテラスのチョップが降ってきた。


「さて、出立の支度をさせてやらねばならぬ、一度終わるぞ。各国代表会議の話はゼウスにも伝えておくれ」

<ああ、承知した。>


ふっと鏡が普通の鏡に戻ると、アマテラスは早苗にとびきり上等の着物を用意すると言い、それから御殿へやってきたツクヨミに知らせて一番旅立ちに良い日を調べさせた。再び出会える幸せを胸に秘めることは出来ず、始終緩みっぱなしの顔で支度をする早苗のことは、アマテラスの御殿では語りぐさになったのだという。










【 大空への羽撃き 】








FIN





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