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雷に不登校組が打たれた翌朝。保健室から登校してくる生徒たちを眺めていると、その中にきちんと尊やハデス、それにロキたちの姿が見えて早苗はほっと一息つくことになった。保健室の先生とは困った時に話を聞いたり、困ってなくても日常の些細なことを聞くお母さんのような立場であるべきだと思っている。その役割がきちんと果たせたようで何よりだし、こうして誰かがせっかくの学生生活を無駄にせずにすんだのはとても嬉しい。
早苗だって出来るなら学生としてこの学校に通ってみたかったとも思っているくらいだ。そうすればロキやハデスたちと一緒にトトの授業が受けられる。知識を司る神様の授業だ、きっととてもためになるだろう。

すっかり着慣れてきた白衣をまた少し整えると、保健室の扉が無遠慮に開かれた。乱暴ではない開け方に振り返ると、案の定ここでは同僚の教師ということになるトトだった。相変わらず仏頂面だが、機嫌は悪くないことが伺えた。
彼は保健室に居座るつもりはないのか真っ直ぐ早苗の元へくると、すっと何か白いものを差し出した。


「おはようございます、トト様」

「ゼウスからの命だ、貴様にこれをくれてやる」

「?」


差し出された白いもこもこしたものを受け取ると、早苗の手のなかでぐるぐると動き、そしてぴょこっと2つの耳が飛び出した。綺麗な瞳もすぐに出てきてそれが兎であることが分かった。手に伝わってくる暖かさが心地よい。


「可愛い…」

「使い魔だ。貴様の世話係とでも思っておけ」

「ありがとうございます。兎は薬と深い関係があるとされていますし、嬉しいです」

「単純な女だ。それと、これも連れて行け」


もう1つ、白い何かが差し出されたが、それは受け取る前に早苗の左肩へと飛び移ってきて、頬ずりするように擦り寄ってきた。白っぽいが赤色のグラデーションが入っていたりする色合いと鳥のシルエットに、それがトキであることに気がついた。それにしては少し小さい気もするが、きっとこれも使い魔だからなのだろう。
確か一番最初に読んだエジプト神話の本の中には、トトの聖獣とされていた気がする。その生き物の形をした使い魔を置いてくれると思うと、なんだかとても嬉しかった。


「この子はトキ、でしょうか」

「学名はニッポア・ニッポン。国鳥ではないが貴様の故郷を象徴する鳥だ。よく懐くことだろう」

「はい、ありがとうございます。」


自分の聖獣であることにあえて触れなかったのは照れなのだろうかと邪推もしつつ、受け取った2匹の使い魔を大事に撫でてやると彼らは満足気に微笑んでくれた。トキは既に日本産のものは絶滅してしまったと聞いているし、時折野生に返すというニュースをやっていた気もする。そんな珍しい鳥に出会えたことも嬉しいし、兎だって小学校の飼育小屋で触れ合って以来だ。
楽しげに早苗が二匹を撫でると、トトも満足気に微笑んで去っていった。今日からはあの不登校組も教室にやってくるだろうから、彼の気苦労も増えることだろう。


「昨日ゼウス様の制裁を受けた生徒の神々は、今朝はきちんと登校してきたようです」

「そうか。貴様もあのペケどもとは話が出来たようだな。あいつらはお前の目からみてどうだった?」

「卒業させるのは手間取りそうです…ハデス様については、冥府を治める神ですので学園へ呼ばれた理由は分かります。スサノオ様も粗暴な性格として伝わっている神様ですので理解しました。が、他の方々はまず学園へ呼ばれた理由を探りたいと思います。」


思ったことをそのまま言うと、トトは納得したのか一度頷くと上着の裾を翻して教室へと向かってしまった。知識の神に何か意見を求められるというのはなかなかのプレッシャーで、なんでも知っているはずのトトに自分の考えを述べるのは心臓が潰れるほどの思いだった。
だが、早苗が経験出来なかった貴重な"普通の学生生活"がここにはある。これを守っていくためにも、早くトトが認めてくれるほどの教師役にならなくてはならない。
早苗はこれから始まる学園生活が神々にとって、充実した青春と呼べるものになることを心から願わずにはいられなかった。











第1話、終。










2013/12某日 執筆
2014/05/29 掲載




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