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早苗と結衣が持ち帰った学園再開の連絡は、どの神々の表情をも明るくした。そして結衣が話した内容から、随分と早苗を見る目が変わったように思う。早苗は流石に気まずくて教室へ通うのをやめようと思ったのだが、何故かトトの猛反対を受けて卒業までは教室で授業を受けることになった。
ただやはりブレザーは肩がこるし白衣を気に入っていたので、制服のブレザーの代わりとして白衣を着て過ごしていた。周りから浮くかとも思ったが、ロキや尊もブレザー以外のものを着ていたので、早苗も安心して過ごすことが出来た。

そして神々の枷は全員分が外れ、けれど結局早苗の枷だけは外れることはなく卒業式を迎えてしまった。神々について理解できなかったことは寂しいし、元の世界に戻ったら記憶が無くなる。けれどここで学んだことは無意味ではない。
早苗はそんなことを思いながら、卒業式の前日、図書室へとやってきた。いつものように目敏く気づいて寄ってくるアヌビスの頭を撫でて、それから読みかけの本を取りに行く。


「カー、バラ…(明日で、皆元の世界に帰っちゃうね…)」

「仕方ありません。元々そういう決まりでここへ来ているんですから」

「バラバラ?(シャナは寂しくないの?)」

「そりゃ、寂しいですよ。アヌビスさんにも会えなくなってしまいますから」


横から抱きついてぐりぐりと額を押し付けてくるアヌビスに、早苗は苦笑いした。神といえども子供のような彼に、お別れをするのは罪悪感を感じる。


「大丈夫ですよ、アヌビスさんがエジプト神話の世界に戻っても、トト様が一緒に居るじゃありませんか。一人ぼっちではありません」

「カーバラ!(でもシャナはどうなるの!ひとりぼっちだよ!)」

「私は大丈夫です。私は人間の世界へ戻っても、アヌビスさんやトト様を信仰しています。きっと思いは届きますよ」

「元の世界へと戻る覚悟は出来ているようだな」


アヌビスとは反対方向からやってきたトトに、ぎゅっと抱きしめられる。ここ最近なかったスキンシップに、心臓が跳ね上がるような気がした。
抱き寄せられるままに頭を倒せば、優しく頬を撫でられる。トトはアヌビスがくっついていることは子供がじゃれている程度に思っているのか、引き離すことはせずにただ早苗に構ってくれる。それから、何か言うのを迷うように、ゆっくりと早苗に問いかけた。


「…早苗、貴様は元の世界へ戻ることに納得しているか?」

「そういう決まりですから」

「私はいくつか、お前に隠し事をしている。」


隠し事もなにも、トトが何かを明かしてくれたことの方が少ないのに、とは言えず、早苗は黙ってトトを見上げる。


「…本当は、この箱庭にあるものを使えば、矢坂早苗という存在を神に昇格させることができた」


唐突な発言に、早苗ははっとトトを見上げた。彼は辛そうな顔で続ける。


「だが、私が自らその禁忌を行うわけにはいかない。私は神だ。規律を順守する義務がある」

「林檎を…食べていたら、トト様のおそばに居ることも出来たのですか?」

「バラバラ!(アヌビス、聞いたことあるよ!トトはずっとシャナに話すか悩んでた!)」

「あら、まぁ…」


アヌビスの言葉に吐息を漏らすと、誤魔化すように頭をぐりぐりと容赦なく撫でられた。それすらも今はなんだか嬉しくて笑ってしまう。
トトはエジプト神話でも古く力のある神だ。人間を神に格上げするなど、そんな大それたことはしないだろう。ましてそれが自分の意思で自分のために行われるなど、良いと思わないはずだ。
早苗はそう思い、もっと自分からトトと同じ世界に行く方法を探せばよかったなと、少しだけ後悔をした。そうすれば、こんなにもどかしい気持ちのまま元の世界に帰ることなんてなかったはず。


「トト様、お世話になりました」

「気の早いことだ」


トトのぶっきらぼうな言葉をまだ言うなという意味に捉え、早苗は話題を変えるべく体を起こした。寂しがるアヌビスを父親か何かのようにたしなめるトトに笑いを零し、読みかけの本を手に取る。
ノルウェーの児童文学に挟んであった栞を持って、一番手近な椅子に座る。隣にはアヌビスが座り、向かい側には同じように本を持ち出してきたトトが座った。本当に家族かなにかのようだ。


「私、ここに来られて良かったです。…いつか家族が出来たら、こんな感じなのかなと思います」

「……そうか」

「カー、バラバラ!(シャナはアヌビスの家族だよ!)」






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