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さらっ

今まで不規則に落下するばかりだった砂時計の砂が、重力を無視して勢いよく上へ登る。そして目で見て、上の砂が少し増えたのが分かるくらいになると、砂はまた下側へと流れだした。それも今度は今までよりもずっと遅い。
早苗はその砂時計が何を感じ取って動いているのか知らなかったが、それでもこの世界の寿命が少しばかり伸びたことは分かった。


「砂時計が、遡るとは。」

「驚くことでもあるまい、トト。その可能性にかけて草薙と矢坂が箱庭に召喚されたのだ。ましてアポロンもトトも上位の神だ。影響力は大きい。」


すぐ側で、結衣が首を傾げた。言っている意味を察することが出来ないのか、それとも分かっても信じがたいのか。結衣は早苗の隣まで数歩出てくると、トトたちに向かって問うた。


「あの、砂時計の砂が戻ったということは、世界の寿命が伸びたということですか?」

<そう、世界の終わりは先延ばしになった、お嬢さんがたの尽力でね。特に二人が神と恋仲になったのが大きいだろう。愛は運命をも凌駕する。とても良いものを見せてもらった。>


恋仲という言葉に結衣がさっとこちらを見てきた。正確には、早苗に神の恋人は居ないが、アマテラスが言いたいのはトトのことだろう。早苗がトトに目をやれば、結衣は驚いたようにトトへ視線を向けた。
トトは居心地悪そうにすると、ため息をついた。


「ゼウス、これは非常事態だ。学園の存続について再度審議を行う必要がある」

<審議?まどろっこしいことは必要ない、続ければ良い。話を聞くに、私の弟たちにもとても良い影響があるようだから>

「しきたりを重んじる日本の神らしからぬ発言だな。だが良い、トトよ。神々に学園再開を伝えてやってくれ」


その言葉に早苗と結衣はわぁっと歓声をあげると、思い切り互いを抱きしめた。自分が消えるだけだったならまだしも、愛しいと思う者と別れなければならなかった。それが卒業までとはいえ先延ばしにされた喜びに、目尻に涙がたまる。
二人はひとしきり抱き合って「良かった」「おめでとう」と言い合うと、早苗は結衣にアポロンの元へ向かうように促した。彼女は嬉しそうに頷くと、学園長室に居る神々にお辞儀をして出て行く。好きな相手のところへ走る後ろ姿はとても可愛らしかった。


<さて、トト。うちの国の人間を幸せにしてやっておくれよ?>


鏡の向こうから結衣が出て行ったのを確認したらしいアマテラスの声が響いた。鏡に向き直ると、トトも同じように鏡を見やり忌々しげに答えた。


「何を言う。所詮は神と人。…あと二ヶ月程で離別の時がくる。」

<おやおや、強がらなくても良いじゃないか。私だって我が子のような者を、他国のしかもこんなに意地の悪い男に渡したくなんて無いのだよ?>


楽しそうに笑うアマテラスに、トトは更に眉間のシワを深める。今まで見たことのないくらい不機嫌な顔に、早苗は恐る恐る様子を伺うしかない。
トトは早苗が様子を見ていることに気づくと、片手をひっつかみ学園長室から無言で退室した。



二人が立ち去った室内で、アマテラスは「はぁ〜あ」と呆れたような深い溜息をついた。


<まったく、トトは頭が硬い…>

「否定は出来ぬな」

<八尺瓊勾玉の封印が外れていたら、あの二人も幸せになれたのだろうか>

「まさか。彼奴はあれでも十分に幸福であるはずだ。でなければ砂時計が逆流するなどありえん」


ゼウスがいやに自信たっぷりに言うので、アマテラスはなんだか今はこれで良いような気がしてきた。


<まだあの二人が一緒になれる可能性もあるが…元の世界に戻れば記憶が消える。矢坂早苗は気づけるだろうか。>

「アマテラス、なかなかに悪い性格をしている。矢坂ならどうにかするだろうと、思っているのだろう?」

<どうにかしてくれれば良い、とは思っているな。あれほど芯が強く立派なお嬢さんなら、うちの弟の嫁にほしい>

「自分の嫁をまず見つけろ」

<……ゼウス、嫁探しに関しては、そなたは他の者をとやかく言えまい?>


嫌味に言ってやると、アマテラスはひとしきり喉の奥で笑い、それから八尺瓊勾玉が選んだ女性がどうか幸せになれるようにと真剣に祈った。




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