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ゼウスから最後通告を受けた夜、早苗はトトの私室でアヌビスと3人で眠りについた。はじめはトトに無理やり連れ込まれたのだが、それに気づいたらしいアヌビスが駄々をこねたのだ。可愛らしい様子に負けて、早苗が3人で寝ることを提案したのである。
早苗を真ん中にして眠るエジプト神話の男神たちは、まるで父と子のように見える。朝一番に目を覚ました早苗は、両サイドで眠る二人の頭をそっと撫でた。トトが起きたら怒られそうだ。
何があったわけでもないのに、不思議と昨日よりも気持ちは落ち着いている。早苗が起き上がってもう一度とトトに手をのばすと、その手はさっと捕まえられた。自分よりも大きくて少し固い手。


「すみません、調子にのりました」

「神に手をだすとは…豪胆な女だな」

「あら、女として扱われていたんですね。驚きです」

「たわけ」

「っ!」


手をひかれ、起き上がっていた上体がトトのすぐそばに倒れこんでしまう。思ったより近くで聞こえる呼吸の音に、早苗は自分の鼓動が早くなったことがバレているのではないかと慌てた。もちろん、直後にトトならお見通しだろうなと思いたつ。
何がしたかったのかトトはしばらくそうして早苗を抱きしめていると、ふいに起きだして身支度を整え出した。早苗は化粧もさっぱり落としてしまっていたので、トトに断りを入れると一度保健室へと戻った。

さっさと身支度を整えて、今日は着慣れた白衣の方を身にまとう。生徒として過ごした時間よりも、教師としてここで過ごした時間の方が長い。最後を見届ける時にはやはりこの白衣を着ていようと思ったのだ。
化粧も少しだけ気合を入れてみる。それから少しもソワソワしない違和感を感じながら、トッキーとウーサーとそれから因幡の白兎もどきとともに朝食をとった。


「トッキーもウーサーも、ついでに白兎もありがとう。私が消える時には、皆あるべき神々の元へ行ってちょうだいね?」


テーブルの上でそれぞれの食事を食べていた彼らは、難しい顔をしてみせたり、驚いたように手にしていた人参を落としたり、泣きそうな顔で早苗に擦り寄ってきたりした。本当に恵まれた環境に来れた。
3匹をまとめてぎゅっと抱きしめてその感触を楽しむと、早苗は朝食の後片付けをさっさと済ませて結衣の元へと向かった。





結衣とアポロンとハデス、ディオニュソスと過ごし、ゼウスの決めた期限である15時少し前に学園長室へとやってきた。アポロンたち神々は既に人間にある程度の思い入れが出来てしまっている。滅ぶところなんて見せたくないと、早苗と結衣は二人だけで来ていた。


「さて、結衣さん。逃げたいなら今のうちよ?」

「逃げません。逃げたら…アポロンさんたちに迷惑がかかるかもしれませんから」

「…強いわね。それじゃぁ、行きましょう」

「はい!」


年齢よりもずっとしっかりした横顔に、早苗は迷うことなく学園長室の扉を開いた。今までここへ出入りした時はいつも誰かが開けてくれていたので、こんなにも重たい扉だったのだと驚いた。
扉を開けば、中では既にゼウスとトトが世界の終焉を示す砂時計を眺めて待っていた。もう少し早く来るべきだっただろうかと思いながら、早苗は「失礼します」とお辞儀をして数歩前に進んだ。背後で結衣が扉を閉めたのが分かった。


「来たか、草薙、矢坂。定刻となり次第、この世界から人間は消え去る。」


ゼウスの「ちょっとお味噌きらしたから買ってきて」とでも言うような口調に、結衣が息を大きく吸い込んだのが聞こえた。けれど何か言うことはなく、ふうっとと息となって消えていく。


「神々への説明も私から済ませた。抗議した者もいたが、各国代表の言葉には逆らえなかったようだな。」

<トト、あまり我が国の人間を虐めないでやってはくれないか>


聞きなれない声に視線を上げると、なにやら砂時計の隣に置かれた鏡に中性的な赤髪の神が映っていた。ファンタジーによくある通話用の道具なのだろうか。
太陽のようなモチーフの髪飾りに、女性的だが露出の多い着物。日本神話の神のようだ。ゼウスやトトが会話に混ぜるような大きな神といえば


「天照大御神…様……?」

<左様。まさか一度で言い当てるとは、トトの教育の賜物かな?>


ふふっと妖艶に微笑んだアマテラスに、トトは苦々しげにため息をついた。なんとなく二人の関係が見えた気がするから不思議だ。
早苗は気持ちを切り替えるとゼウスを見上げ、ここで最後にやらねばならぬと考えていることを実行に移した。


「ゼウス様、私と草薙さんは人類代表としてここへやってきました。…その代表の言葉として、最後に1つお話させていただいてもよろしいでしょうか」

「構わん、続けろ」

「ありがとうございます」


早苗はお辞儀をすると、結衣を慰めるために手を繋いでから口を開いた。


「私たち人間が滅ばなくてはならないというのは、理解が出来ます。大気汚染などの環境破壊も、争いの絶えない政治も、とても褒められたものではありません。」

「随分と自虐的だな。」

「ですが、その中にも良い人間がいること、悪い人だけれど良い面も持ち合わせている人間が居ること。どうか覚えておいていただきたいのです。」


言いたいことが上手く伝わっていないのか、ゼウスが目を細め。さらさらと流れる砂時計の音が妙に大きく聞こえる。


「私たち人間は神々には遠く及ばない小さな存在。ですが、どうか…人間のことは嫌いにならないでください。アポロンさんと草薙さんのような、壁を超えて心から愛し合えることもあるのです。だからどうか、人間を、私達を嫌いにならないで」

「私からも、お願いします!」


ゼウスとトトが息をのんだ。途端、





さらっ




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