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【15:宿命END「大空への羽撃き」】





早苗は結衣の元から去ると、迷わず図書室へと足を向けていた。去り際の結衣の一言で、早苗も少し考え方が変わったのだ。

結衣は今にも泣き出しそうな顔で草薙の剣のペンダントを握りしめると、つっかえながらも自分の意思をはっきりと口にした。


「私、人類が滅びるだなんて嫌です。家族や友達が居なくなるなんて…でも、私、この箱庭で頑張ってきたつもりでした。それでも解決できなくて、私たちが生きていることでアポロンさんたちに迷惑がかかるなら、消えるのもありかもしれないと…思ってしまいました」

「…でも、怖いんですよね」


早苗の返しに泣き出してしまった結衣を歩み寄って抱きしめ、静かに涙する彼女をただ撫で続けた。


「大丈夫です。最後まで私も一緒に居ますし、何よりアポロンさんが黙っていないはずです。さみしかったり辛かったりという思いはさせません」


目を腫らしたころ、トトに事情を聞いたとアポロンがやってきた。彼も同じように悲痛な顔をしていたが、二人にしてあげるべきだろう。
早苗は結衣の発言に僅かながら胸を痛めつつ、神話の世界で神々が人間を滅亡させた理由を見てみようと図書室へやってきた。無意味に殺すはずがないのだ。どの神話にも全知全能だとか叡智の神だとか、そういうとても頭の働く神がいる。やたらに人間を滅ぼすはずがない。
それを知ってどうするのかと聞かれれば、せめて終わりの時を自分が納得した状態で迎えたい。ただそれだけだ。今更トトやゼウスに何か言って、状況が変わるとも思えない。

早苗が図書室へ入ると、アヌビスが貸出カウンターの内側からそっと顔だけ覗かせ、気遣わしげにこちらを見てきた。手を伸ばして頭を撫でると、何を思ったのかアヌビスは盛大に泣き出してしまう、


「カー…バラバラ、カーバラ(シャナと…お別れしなくちゃいけないの?アヌビスそんなの嫌だよ)」

「アヌビスさん…私たちは人間です。神々のように世界を正しく導く力を持った者は少ない。ですから、神が滅ぼすべきだと思うのなら、きっとそうなのでしょう。」

「カー!!(嫌だぁ!)」


アヌビスはカウンターの上に片足を乗せて、早苗に飛びついてきた。幼稚園に行きたくないと駄々をこねる子供のようで、早苗もちょっぴり罪悪感を感じる。ここまで人間の心配をしてくれるだなんて、アヌビスも変わったのだ。
まるで台風が来るからと避難勧告でも出されたような空気の漂う図書室で、1つ咳払いが響いた。慌てて振り返ると、トトが不機嫌そうにこちらを見下ろしていて、早苗の腕の中にいたアヌビスがびくりと震えた。こういうことに関しても寛大な心を持ちあわせていないらしいトトに、アヌビスをカウンターに戻して体ごと振り返った。


「貴様の結論を聞かせろ。」


トトの声に、早苗は僅かに心が落ち着いていくのを感じながら言う。


「あの決断は、トト様も賛成されたのですよね?」

「…そうだ」

「であれば、私は受け入れます。トト様の判断に…従おうと思います。人間を滅ぼす方が良いとトト様が思われたのであれば、私は潔く消え行きましょう。お国のために自らの命を捧げるのは、我が国の古き美徳ですから。」


トトは一度静かに目を閉じると、いつもの冷たい瞳を暖かいものに変えて早苗を見下ろした。そっと首の後ろと腰に手がまわり、体ごと引き寄せられて唇が重なる。背後でアヌビスが息をのむ音が聞こえた。
舌を絡めることもないただ触れただけのキスだったのに、早苗の涙腺を壊すには十分な威力を発揮した。


「でも、欲を言えば…寂しいです。」

「そうか」

「私や結衣さんや…人間が死にゆくことも、トト様やアヌビスさんたちに、いつか忘れられてしまうことも。寂しいです」

「……そうか。」


静かな図書室の窓に、しんしんと雪が積もっていくのが見える。悲しみが雪のように降り積もっていくのか。地面が雪に覆われるように、未練が押し殺されていくのか。自分の心が早苗自身にもよくわからなくなる。
トトの胸元に頭を寄せて、溢れてくる涙を拭うことも出来ない。寄ってきたアヌビスが気遣わしげに頭を撫でてくれたが、笑顔で大丈夫だよと言ってあげることは出来なかった。

早苗の背中に回っていたトトの腕が、優しく気遣うように背中をたたいた。まるで両親と子供のようだなと思うと、なんだか少し気分が向上したような気がする。


「もう良いのか。貴様は随分と浮き沈み激しい性分だな」

「トト様とアヌビスさんのお陰です。…今日は美味しいもの食べたいです」

「バラバラ!(激辛麻婆豆腐!)」


流石にそれはちょっと…と返せば、元気になったねとアヌビスは上機嫌に飛び跳ねた。





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