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トトはシャナがすっかり固まってしまったことに気づいたのか、小さな声でこちらへ来いと言うと、シャナを同じ机に座らせた。体が寄り添うほど近い距離に座り、片腕でシャナを抱きしめた。


「いい肘置きだな」

「……そうですね。」


今更何を照れてしまうのか分からない。ただ並んで座り引き寄せられているという体勢が酷く気恥ずかしく、シャナは真っ赤になっているであろう顔をどうにか隠そうとそっぽを向いた。


「矢坂、私の問いに答えろ」

「はい、何でしょうか」

「人間とは善か?悪か?」


あいも変わらず難しいことを聞いてくる。答えなんて出るわけがない問いだ。神であっても他人の意見を聞くということなのか、はたまた叡智の神としての実地調査なのかは分からない。シャナは出来るだけ素直に答えようと努力した。


「人間というくくりを善悪を判断することは不可能だと思います。何を基準に白黒をつけるのか。灰色の存在は認められないのかなど問題があります。
 更に一人の人間が善悪両方の面を持ちあわせている場合もあります。依頼人から仕事を受けて、依頼人を殺そうとしていた者を始末するのはどうでしょうか?善人が両親を殺されて仇を取ろうとするのは?私には判断が出来ません。そもそも人間を善悪で完全に切り分けることが出来るなら、とうの昔に悪人は神の力で消されているのではありませんか?」


トトは静かにシャナの言葉を聞いていると、最後にはしかと聞いたぞというようにひとつ頷いた。それからふっと顔を緩めて、喉の奥でクツクツと笑い出す。


「人間とは面白い生き物だな。善良であると主張もせず、ただ自分たちが悪いと卑下するでもなく。貴様の思考は興味深い。」

「恐れいります」

「それではもう1つ訪ねよう。…種族を超えた愛情は存在するか?」


シャナはこちらの話の方が核心なのだろうなと、思わざるをえなかった。シャナがトトを好いていることはきっとお見通しで、それであえてこの質問をなげられているのだ。


「あると思います。捨て猫を拾ってきたら飼い犬が育てたという話も聞きますし、何よりこの箱庭に来ているアポロンさんにもカサンドラという相手がいました。今はそれを乗り越えて草薙さんと共に居るようですが…。」

「カサンドラはアポロンとの関係を予言してしまい、絶望のあまり自ら死を選んだ。それでも、彼女は幸せだったのか?」

「死にたくなる程、好きだったのでしょうね。けれど彼女が死を選ぶまでにアポロンさんと過ごした時間は、とても幸せだったと思います。だからこそ、死を選んだのだと私は思います。」


トトは不可解そうに眉をしかめると、少しだけシャナを引き寄せてから問うた。


「幸福を感じていながら、何故自ら死を選ぶ必要がある。自殺はどの国でも良いものとはされていない。場合によっては罰則の対象となる国もあるだろう」


シャナは自分の肩を抱いているトトの手に自分の手を重ね、肌から感じる温もりは変わらぬのに何故こんなにも感覚が違うのかと考えた。カサンドラの話は確か、いずれくる別れの時、アポロンとの恋の終わりを見たが故に死を選んだとされている。
彼女はきっと、アポロンとの関係が終ってしまうことに絶望したのだ。いずれ終わりが来る愛に見を砕ける程、人間は出来た存在ではない。


「アポロンさんと一緒に居られて幸せで、でもそれもいつか終わってしまうと知った時…カサンドラはきっと苦しくて堪らなかったでしょう。大好きな人との別れの時を悟ってしまったのですから。」

「そして自ら死を選ぶか。人間の考えることは実に愚かだ」

「もちろん、人間同士だっていずれお別れする時は来ます。愛想が尽きたり、寿命だったり。でもきっと、神と人間だったらその壁はより大きく感じられるはずです」


前触れなく、添えていた手を握り返される。きっとシャナが考えている駆け引きだなんて、人間でないトトには通用しないだろう。まして洞察力も知識もある彼にはシャナが何を思って手を添えたかなんて、とうに気づかれているはずだ。
それでも手を繋いでくれたことが嬉しくて、シャナは少し頬を緩めた。好きだと伝えたかったはずなのに遮られてしまったことも、もうどうでもいい。せめて神々の卒業まで、側で役に立てればそれだけで良い。

そう思っているはずなのに、カサンドラのようにいずれやってくる別れがを憂いてしまいそうで、頬に涙が伝っていく。


「貴様のような人間ばかりであれば…箱庭も必要なかったのかもしれんな」


トトの呟きが最高の褒め言葉に聞こえて、涙が止まらなくなる。トトの服を濡らしてしまうのも申し訳ないので離れようとすれば、今度こそ体が密着するほどに抱きしめられる。シャナはトトに存在を認められたような誇らしさから、頭を彼の肩に預けて目を瞑った。
















第13話、終。









2014/07/07 今昔
七夕ですね。僕の願い事は次元を超える能力を身につけることですッ!




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