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放課後、シャナはロキや月人との勉強をキャンセルして図書室へと赴いた。気まずいことに変わりはないが、なんとなくトトと同じ空間に居たい。なんとまぁ子供っぽい考えだと自分でも思うのだが、この一年で神について学んだシャナにとってトトは遠い存在だ。少しでも物理的に近くに居なくては、少しも近づけやしないような気がした。


「失礼します」

「さっさと入れ。また虐められに来たのか、この単細胞」


内容のわりに優しい声音の台詞に、シャナは自然と頬が緩んだ。


「そのだらしのない顔をどうにかしろ。」

「カーバラバラ?(アヌビス、外に行ってた方がいい?二人の邪魔?)」

「どちらでも構わん」

「バラバラ!(それじゃぁ、他の皆と遊んでくる!)」


シャナは緩んでいると指摘された頬をペチっと叩くと、出来るだけいつもの顔でトトに歩み寄った。ただ、「いつもの」と意識すると自分にとっての普通というのが分からなくなる。シャナは諦めて軽く微笑むとトトの様子を伺った。
自分から話しかけず、話がしたいことをアピールするほうがトトの機嫌が良い。


「……教室と、同じ笑顔になっているな」

「え?何か…違いますか?」

「自覚がないのか?授業を受けるようになる少し前から、その貼り付けたような笑顔をするようになった。」


教室で「貼り付けた笑み」とやらをしていた、ということは、ここへ来ている間には普通に笑えていたということだろうか。我ながら単純さにシャナは苦笑いした。
確かに教室は苦手だ。昔の色々なことを思い出してしまう。それに比べると生徒と呼ばれるに相応しい年齢感の神が訪れない図書室は、とても落ち着く場所だ。


「トト様とお話するのが、一番好きなので」

「よく言う。最初は本当に土下座でもしそうなほどだったというに」

「あ、あれは…神なんて存在に遭遇したのが始めてだったので、どうして良いか分からなかったんです!」


そういえば初対面の時はとてもビクビクしていたな、とだいぶ昔のことを思い出してみる。最初はまさか神々に恋愛感情を抱くだなんて、まして相手がトトだなんて思っても見なかった。


「ところでトト様、1つ質問してもよろしいでしょうか」

「手短にな」


トトは読みかけの本を図書室にたくさん置かれた机の1つに置くと、その机に腰掛けて話を聞く体勢になった。


「私の枷を外す条件は、神々について理解することだとおっしゃいましたよね。私の枷が外れなかった場合、何かペナルティが発生するのでしょうか?」


シャナは洋服の上からペンダントになっている勾玉を握った。結衣の胸元には剣のデザインをしたペンダントがあり、本人はよく分かっていないようだったが「天叢雲剣(あまのむらくものるぎ)」と書かれてたと言っていた。シャナの八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と同じく三種の神器だ。
結衣にも枷がついているということかとも思ったが、本人は普通に外せると言っていた。つまり、枷が付いている人間はシャナのみであり、なにか意味があるのだと思われる。


「万が一卒業までに貴様の枷が外れずとも、然程問題はない。与えられる罰も些細なものだ。」

「些細なもの…?元の世界に戻ったら、肉体が1年分年老いているとか…」

「そのような程度だ。だが、貴様にとっては、世界が終わるよりも恐ろしいことになるかもしれんな。」


シャナにとって世界が終わるよりも恐ろしいこと。
何が起きるのかはさっぱり分からないが、言い換えればトトや他の者にとっては些細なことだということだ。ますます何が起きるのか分からない。ともかく枷を外せればよいのだが、箱庭に来てからずっと勉強もしてきたのに外れない。なんとなく不安を覚えた。



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