お名前変換



思いついてからのロキの行動は早かった。トトに一体どう言ったのか、早苗の机も教室に用意させ、ロキと月人が両サイドになるように席替えまで行わせたそうだ。と、ここまでを結衣が教えにきた時点で頭痛がしたのは気のせいではない。
まして今日からこれを着てきてね、と語尾に星が見えるような台詞とともに女子制服を渡された時には、もう、なんとも筆舌に尽くしがたい絶望を感じたものだ。確かに白衣で教室に入ったら浮くだろう。けれど流石に


「この年になって制服って……着たくない」


と思っても何もバチはあたらないはずだ。

なにより、何故デフォルトでミニスカとニーソックスなのだろう。趣味なのだろうか、ゼウスの?やはりまずはゼウスが愛について学び直した方が良さそうだ。

ともかく、早く向かわなくてはもうすぐ授業が始まる時間だ。
仕方なくニーソではなくストッキングを履いて、靴も指定のものでは寒いのでブーツにする。ブレザーは肩が凝りそうなのでやめて、ブラウスとネクタイにカーディガンを着ることにした。

教室へ入ると、よくある学校の始業前のザワザワした様子が広がっていて、早苗は


「無理無理無理……ごめんなさいごめんなさい、弱引きこもりが学校とか出てきてごめんなさいごめんなさい」

「シャナ、なにやってんの?」


扉をつかんでひたすらガクブルするはめになった。
不思議そうな顔をする他の神々とは違い、ロキは面白がって、今のセンセこんな感じーとノートに「((((;゚-゚))))」と書いて見せてくる。人間についてとてもよく学んでいるようだ。
元より人間関係を築くのは苦手な早苗にとって、学校の教室など過去のトラウマを刺激される場所でしかない。若干涙目になっていると、背中にぽんと何かが乗った。


「ひぎゃ!?」

「貴様、さっさと席につけ。そして額を地面にすりつけて教えをこえ」


いつもより冷たい声に、早苗はビクついたままで席についた。両サイドからロキと月人が何やら話しかけてくれていたが、適当な相槌しか打てていない。
あまりにも音楽に情熱を注ぎすぎたが故に、早苗の学生時代に友人と呼べる者は少なかった。この少人数とはいえ教室で授業を受けるという状況が、こんなにも過去を思い出させるものだとは思っておらず、手足に酸素が回らず上手く動かないような気がした。


「ねぇシャナ、『詭弁』ってどういう意味ィ?」

「授業中なんですから、挙手してトト様に聞けば良いでしょう!」

「じゃぁ人体を構成する物質って

「教科書の78ページに載っています」


指先が上手くいうことを聞かない状態でロキに話しかけられ、少しずつ苛立ってくるのが自覚できた。小学生じゃないんだからどうにかしてくれ!と思うと同時、手足のしびれのようなものがだんだんとなくなっていくのも感じる。
ロキは早苗がスムーズにノートを取り始めると話しかけてくるのをやめてしまった。集中したのだろうかとチラ見しても、相変わらずノートに落書きしたりキャンディを頬張ったりしている。
もしかすると、早苗の些細な緊張に気がついて助けてくれたのだろうか。狡猾ないたずら好きな神様故に、きっと早苗の感情にも機敏な対応をみせてくれたに違いない。ロキと目が合うと、ウインクされてしまった。


「午前の授業はこれで終いだ。」


トトはチャイムがなり始めた途端に授業の終了を宣言して、使っていた書物数冊をまとめ始めた。そんなに授業をするのが嫌なのだろうか。


「矢坂、午後の授業までに黒板を消しておけ」

「分かりました。…草薙さん、日直の制度は作らなかったの?」

「あっ!!すっかり忘れていました……」


部活と生徒会とやっていれば忘れもするだろう、そう言って早苗は教室を見回して板書を書き写している者が居ないことを確かめると、黒板を消し始めた。すぐに月人がやってきてもう1つの黒板消しを持つと、反対側の端から消してくれる。


「ありがとうございます、月人さん。おかげさまですぐに終わりました」

「いえ、このくらいクラスメイトとして当然です。」

「お礼にお弁当のおかず一品どうぞ」


昼休みには全員が机をくっつけて食事をするのが恒例になっているようで、今日は早苗も含めた全員が机を寄せ合った。ほとんどの者が購買や食堂で出してくれるお弁当で、早苗と早苗がついでに作ってあげたアヌビスだけが手作り弁当だ。
早苗の両サイドを固めたロキと月人が珍しそうに弁当を覗きこんできて、早苗の正面に居るアヌビスはバルドルとディオニュソスに弁当を覗きこまれている。


「凄いね、矢坂先生。お弁当まで用意してしまうなんて、尊敬するな」

「ありがとうございます、バルドルさん。私も一人分だったら作らないんですけど、アヌビスさんが気に入ってくださってるので…」

「じゃぁオレにも作ってよ。もう一人増えてもそんな変わらないでショ?」


一人分を作るというのは気力の麺でも使う材料と光熱費を考えると、作り甲斐も無ければお金もかかる。そういった理由で早苗は一人分よりも二人分を取ったのだが、これが三人分になると少々勝手が違う。
それにアヌビスはああいった性格であるために多少大目に見てもらえるだろうが、ロキの弁当を用意するとなると


「ずるいよロキロキ!僕だって先生のお弁当食べたい!食べたいなぁ…」


こういうことになって困るのだ。
アポロンも気を利かせて結衣にお弁当を強請ってみれば良いのに、そこに頭がいかないのが彼らしい。ただ早く結衣がしょんぼりしていることに気づいてフォローしてやってほしい。


「駄目だよ、ロキ。先生が困っているじゃない。」

「えぇ〜でもさ、アヌビスだけシャナのお弁当とかずるいじゃん!」

「そうだねぇ、確かに早苗先生の弁当には興味もあるけど…まずは一緒に飲むっていう約束の方を果たしたいなぁ…酔った先生も色っぽいだろうし……」


ディオニュソスが何やら意味深に微笑みかけてくるので、早苗は曖昧に笑い返しておいた。










_




_