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恋。愛。とは、とても難しい感情である。
そもそも感情というのは漫画でもない限り、オーラやら擬音やらという目で見て分かるような実体がない。その人の放っている雰囲気や言葉遣いなどからそれとなく察していくしかないのだ。
故に、人間関係が希薄なものはそれを察する能力が無かったり、逆に人目を気にするあまり他人の視線に敏感だったりする。
早苗の場合、典型的な「他人のことには敏感だが、自分のことには無頓着」という人間だ。何故なら、「他人が自分に好意をよせることはない」という思い込みが過去の経験から発生しているのだ。
【 12:告白日和。 】
「失礼します」
「シャナセンセー!遊びに来たよォ〜」
放課後になるやいなや、保健室へはロキと月人、そしてうさまろがやってきた。残る枷を持つ神々だ。
早苗と結衣のたゆまぬ努力により、他の神々の枷は全て外れ残るはあと二人。そしてその集中ケアという名目で二人はこのところ毎日やってきている。そろそろ秋も半ばで寒くなり、保健室に置いた石油ストーブの上には水を入れたヤカンを置いてみた。
そしてテーブルにはミカン。完全に古きよき日本の学校を模した内装にしてみたところ、うさまろが大変に気に入り毎日ピョコリと元気に顔をだす。今日はロキの提案で人間の作った音楽を聞いてみることにしている。プレイヤーの側によったうさまろとウーサーが耳をピンと立てた。
「賛美歌?ねぇセンセ、これってどういう時に歌うワケ?」
「神様を尊敬する意思を示したい時や…国民が王を崇める時なんかにも歌われるみたいですね。宗教や国によって歌詞や雰囲気は異なりますが、どの国にもこういう風習はあるようです」
「音楽は古来より神や万物に祈りを捧げるために行われたと言われています。この場合も、神への祈りとなるのでしょうか…」
「そうですね、お祈りの時に歌うことが多いように思います。」
はじめは人間に対して嫌悪感を抱いていたり、自分の感情が乏しかったりした二人だが、案外相性は良いようで、放課後の保健室では楽しげに勉強している。ロキの悪戯にかかっても、バルドルとは違う方向性だが月人も怒らない。リアクションがほしい時には早苗にちょっかいを出してくることもあるが、人間相手の場合には少し手加減はしてくれているようだ。
早苗は賛美歌やクラシックばかりでは飽きてしまうだろうかと、CDをジャズのものに入れ替えた。途端流れだすサックスの扇情的なメロディに、ロキは目を丸くした。
「へ〜ぇ、人間ってなかなかセンス良い奴も居るジャン!」
ジャズがお気に召したらしいロキはキャンディを1つ頬張ると、宿題のプリントにペンを走らせ始めた。神も人間も、聞いている音楽に影響されてやる気が出るところがあるらしい。早苗は微笑ましく思いながら二人に紅茶のおかわりを淹れた。
「シャナセンセ、これわかんない」
「見せてください……トト様って、時々何を教えたいのか分からかい問題作りますね…梅毒の病原菌である梅毒トレポネーマが培養できるのは、ウサギの睾丸内です。通常の培養は行えないため、構造がほとんど謎なままの病原体だったかと。」
「シャナってやっぱりセンセより先生に向いてるんじゃない?」
「ロキ・レーヴァテイン、事実でも言っていいことと悪いことがあります」
どちらも相当失礼な話である。トトが決して悪い教師でないことはよく分かる。結衣もなかなかに楽しそうに勉強しているし、なにより早苗が本当に分からないことは質問すればきちんと教えてくれる。
それなのに何故この二人…特にロキは反抗的というか、非協力的なのだろうか。
「お二人にそう言っていただけるのは嬉しいんですが…そんなにトト様の授業だと分かりづらいんですか?」
「いえ、トト・カドゥケウスの授業に問題はありません。」
「問題オオアリだよォ。内容も教え方も……つまらない!!」
「あ、はい。ロキさんに伺ったのがミスでした」
授業というのはえてしてつまらないものであり、学校では授業よりも休み時間にクラスメイトと遊ぶ方が楽しい(はずである)と教えてやると、ロキはにんまりと悪戯を思いついた時の顔で笑った。
「それじゃぁさ、シャナセンセも一緒に授業受けようよ」
「え?」
「だって〜、オレにとって今一番の楽しみはシャナセンセだしィ、センセが授業に出てくれたらオレも真面目に授業受けるよォ?問題ナッシング!」
「…俺も、是非君に教室へ来てほしい。そのほうが、俺もやる気が出る……ような気がします。」
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