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背中がゾクゾクする程の熱になるのは久々で、流石にお昼ごはんを食べる気にもならず、そもそも次に目を覚まして時計を見た時には15時を回っていた。早苗はもう一度毛布の中に潜り込むと、手際よく新しい氷枕を持ってきてくれたウーサーにお礼を言って目を閉じた。
うつらうつらとはしているのだが、どうにも悪寒が酷くて完全には眠れない。お腹も空いて胃が痛いのに、流石にウーサーやトッキーに料理をお願いするわけにもいかない。


(参ったなぁ…)


声にしたつもりが唇は全然動いていないようで、早苗は薄ぼんやりと目を開けた。
すると丁度保健室から私室へ続く扉が開き、見慣れた青い上着が視界の中ではためいた。全身が水の中に居るように重たく、挨拶をしようと起き上がりかけて、けれど力およばずベッドに倒れこんでしまう。情けないとは思うが、どうにも体どころか口さえもいうことを聞いてくれない。


「情けないな、愚民が」

「………」

「これだから人間という存在は呆れる。自分を律して体調管理も出来ぬとは。」


熱で弱ったところに、トトのずけずけとした言葉が突き刺さる。熱のせい以上に涙がこぼれてくるのが分かったが、拭おうにも手をあげるのも億劫だ。目を開けているのも限界になり、早苗はまた目を閉じた。
足音が近づいてきて衣擦れの音がすると、目を閉じさせるように額のあたりから目元にかけてを優しい仕草で手が撫でていった。


「しばしそうしていろ」


トトはトッキーを呼び寄せると冷蔵庫を開け、早苗が今朝使った小さな土鍋をコンロに乗せて何やら料理を始めたようだった。料理はやりなれていないのか、原理は分かっているけど逆上がりが出来ない人のように、動作は少しぎこちない。
彼にも意外な一面があるのだなと、寄ってきたウーサーのぬくもりを感じて早苗は意識を手放した。

少しすると柔らかい良い匂いがただよいはじめ、早苗は短い眠りから意識を浮上させた。トトが土鍋とレンゲを持ってベッドサイドへやってきて、早苗の背中に手を入れると上半身を起こしてくれる。


「食え」

(食べれるか聞くんじゃなくて、強制的に食べさせるんですね……)

「何をしている、体力が落ちた状態では治るものも治らないだろう。」


トトは早苗に渡そうと差し出していたレンゲを自分で使うと、少しだけお粥をよそってふうふうと冷ますと、今度こそこちらにレンゲを差し出してきた。ただ、自分で持って食べろという向きではなく、完全に「あーん」の向きである。
まて、こいつそんな属性持ちだったか?と全力で突っ込みたい気持ちはあるのだが、いかんせん熱で体が言うことを聞いてくれない。


「さっさと口を開けろ」

「…はい」


羞恥を堪えて口を開けると、弱った体には適量のお粥が口の中へやってくる。何か体に良い野菜を入れてくれたのだろうか、すこしだけ香辛料の味がした。トトは早苗が飲み込んだのを確認すると、また一匙お粥を冷ましてから差し出してくれる。
化粧もしていなければ寝間着から着替えてもいない。誰にも見られたくないはずの姿なのに、不思議と穏やかな気持ちで居ることが出来た。

長い時間をかけてお粥を全て食べ終えると、トトはもう一度早苗を寝かせ、自分は食器類を片付けにいってしまった。シンクの上にウーサーが飛び乗るのが見えたので、トトのお手伝いをするつもりなのだろう。
早苗がまだダルい体で朦朧としていると、トトがまたこちらへ戻ってきた。彼は履いていたブーツを脱ぐとベッドに腰掛け、そっと早苗の頭を撫でた。ゆっくりとした早苗の食事にも付き合ってくれたり、そもそもお見舞いに来てくれたり、今日のトトは一体どうしたのだろうか。


「明日は何やら行事があるのだろう。そうでなくとも、保健室が使えねば機嫌が悪くなる生徒は多い。さっさと治せ」

「…善処します。」


早苗が悪寒で身を震わせると、あろうことかトトは掛ふとんをめくると中に入ってきて、片腕で早苗を抱きしめるようにして背中をさすった。本当に今日はどうしてしまったのだろう。
鼓動が必然的に早くなり、熱以上に顔が熱くなる。恥ずかしくてたまらなかったが、撫でられているうちに悪寒は少しずつ収まっていく。


「眠れ。」


短いが今までに聞いたことがないくらい優しい声に、早苗は素直に眠りについた。体はとても楽になり、とても心地よい眠りだった。




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