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図書室へと向かう廊下には人通りが少なく、二人分の足音が妙に大きく聞こえる。繋いだ手もそのままに歩いて居ると、図書室の方からトトがやってきた。歩く度になびく上着が寒そうだ。


「ようやく戻ったか、反面教師」

「反面教師ってなんですか、私自分ではけっこう真面目なつもりです」

「生徒に手を出す教師が真面目だと?笑わせるな」

「それは…神様の方が年上なことに変わりはないんだから問題ありません」


トトはキリがないと溜息をつき、それから繋がれた二人の手に目をやった。そして早苗が手に持っていた八尺瓊勾玉を見、最後に二人を真っ直ぐに見据えて言う。


「矢坂早苗、貴様に提案だ。本来であれば貴様はこの箱庭での記憶を消された上で、もといた世界に戻される」

「……センセ。本来であれば、ってどういう意味?」

「黙れ餓鬼。しかし矢坂、貴様は神について真に理解を深め、枷を外した。これにより1つの権利を得たことになる。……箱庭での記憶を残したまま、想いの神と同じ世界へ送り出すことが可能になった。」


トトの言葉に、ロキも早苗も目を丸くした。


「私が…北欧神話の世界へ行くことも出来ると?」

「ああ。草薙はギリシャ神話の世界へ行くと決めた。貴様はどうする。」


結衣がアポロンに着いて行くということは納得できた。あの二人なら多少の困難も乗り越えて一緒に居ることを選ぶだろう。
ただ、結衣と違い既に社会の一部として組み込まれてしまった早苗には、いくつもの懸念点がある。


「トト様、例えば私がロキさんに着いて行くことを選んだ場合、元の世界での私はどうなりますか?」

「存在しなかったことになる。貴様の家族も友人も、貴様を覚えていない。存在そのものが消されることになるからな」


それを聞き、早苗はほっとため息がでた。数少ない友達に忘れれてしまうのは寂しい。消えると分かっていて決断するなんて、とても親不孝者だという自覚もある。ただ、それでもここでロキと別れてしまったら、これ以上の相手と出会えるとは思えなかった。

恋は盲目と言われればそれまでだが、今こんなに幸せな記憶を持ち合わせているのに、これを消してしまうだなんて耐えられない。


「私、北欧神話の世界へ行きます」


今度は、ロキとトトが息を呑んだ。次の瞬間には横からロキが抱きついてきて、目の前のトトは盛大なため息をついている。


「まったく、貴様も豪胆な女だ。…では、そのように手配しておこう」

「ありがとうございます、トト様」

「シャナ!!」


去っていくトトを見送りながら、ロキは早苗の頬にキスをしてくる。そのロキを抱きとめて、早苗も同じようにロキにキスを返した。


「元の世界に帰るって言われたら、オレが着いて行くつもりでいたのに…シャナがこっちに来るなんて……夢みたいだ…」

「私だって、元の世界で迷惑がかかるなら諦めてたかも。それくらい、神と人間という壁は大きい。でもね、私はやっぱりロキさんと一緒に居たい。連れて行ってくれる?」

「もちろん。こっちに来てくれればイドゥンの林檎で、シャナも同じくらい生きていられるはずだから、これからずっと、離してなんてやらない。覚悟はいい?」

「もちろん。望むところ」


二人は微笑みあうと、今日だけで何度目か分からないキスをして、それから図書室へと再び足を向けた。





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