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クリスマスマーケットの準備がほぼ完了している中庭には、有志で出店している各グループの屋台が並んでおり、クリスマスのリースや小さな卓上ツリーを売っているお店、それから飲食物のお店など、なかなかに面白い店が並んでいる。
精霊の生徒たちにも一応の国籍があるようで、様々な国の伝統衣装や民芸品が売られているのも当日が楽しみだ。日本の屋台ではお汁粉もあるようで、早苗は絶対に行かなくてはと心の中に留め置いた。


「何、行きたい店でもあったの?」

「うん。クラスの生徒がやってるお店はひと通り見たいけど、特に日本のは行きたいな。故郷の料理を売ってるみたいだから」

「ああ〜、なんか豆をつかったスープ?だっけ?美味しいの?」

「うん。豆を甘く煮込んで、お餅…えっと、穀物を練ったものを入れて食べるの。当日は半分こして食べよう?」


中庭のツリーへ向かいながら、どちらからともなく繋いだ手が暖かくて心地が良い。当日は北欧組の屋台へも絶対に来てねと念を押すロキに、エジプト神話の屋台にも来てと誘うと、とても嫌な顔をしつつも了承してくれる。他愛もない話をして一緒に居られるのも、残り僅かだ。

二人がツリーの目の前につくと、ふわふわと雪が舞い始めた。てっぺんに大きな星をつけたモミの木には、くるくると色とりどりのモールが巻かれ、各国の伝統的な飾りやお菓子が各所につる下がっている。何をどうやったのか、ツリーの周りをソリに乗ったサンタの人形が飛び回ったりもしていた。
更に木の下には円形のベンチが作られており、さっそく精霊の生徒たちが座ってなにやらウットリとしていた。カップルで座っている生徒たちは一様に顔を赤らめ、そして幸せそうに顔を見合わせている。


「どう?オレの自信作は」

「凄い…綺麗……。日本だとここまで本格的なツリーって見れないから、感動しちゃった。あの飛んでるサンタもロキさんが?」

「そ。各国の資料集めて、定番はあのソリとトナカイとサンタだって分かったから作ってみたワケ。アンタがそれだけ楽しそうな顔してくれたら、大成功かな☆」


ロキは早苗の顔を覗きこんで嬉しそうに笑うと、繋いだままの早苗の手を引いてツリーの下にあるベンチへと座らせた。よくよく見るとそのベンチは二人分ずつくらいの広さで仕切りの手すりが作られていて、二人セットで座るもののようだった。背もたれは少しだけ傾きすぎなような気もする。


「で、当日休憩時間が被るかまだ分からないから、ちょっと早いけどクリスマス先取りしちゃうヨ♪」


ロキは片側に早苗を座らせると自分も隣に座り、上を見てご覧というように指で頭上を指した。


「綺麗…ロキさん、これって」


ツリーの内側にはモニタでも付いているのか、プラネタリウムになっていた。さらにもっと上の方にはモニタではなくいつか海でみせてくれた、光のカーテンが揺らめいている。


「オーロラ。アンタ、綺麗だって言ってたでしょ?もう一回くらい一緒に見たいと思って」


ロキの頭が早苗の頭にこてんと寄り添った。ツリーの下にあるベンチに座っていると、モミの木の葉が垂れ下がっているおかげで、外からは足とお腹くらいまでしか見えなさそうだ。早苗も遠慮なくロキに寄り添う。


「嬉しい。プラネタリウムも何か資料で見つけたの?」

「あれは戸塚兄弟の発案。まァ?オレが居なくちゃ作れなかったんだけどォ」

「はいはい、ロキさんが一番凄いのは分かってるから。唇尖ってるよ」


隣り合った温もりを感じながら、人間世界の文化であるプラネタリウムを見上げながら、早苗は繋いだ手をぐっと握った。このクリスマスマーケットが終われば残すは卒業式という行事だけになる。それが終われば、早苗は元の世界に帰らなくてはならない。
ここまでロキが人間に歩み寄ってくれるほど、この一年で状況は変化している。今までは悲観するだけだったその事実も、少しだけ前向きに捉えられるような気がした。


「ねぇ、ロキさん。私、元の世界に帰りたくない」

「っ…何、言ってるの。別れ話みたいで嫌なんだけどォ」

「……帰らなくても良い方法がないか、探してみる。」


寄り添ったままで言うと、ロキは早苗がただ願望を口にしているだけで無いと思ったのか、そうだねと呟くと、額にひとつキスをくれた。
それからロキはツリーの下の方にぶら下がっていたキャンディを1つ取ると、包みを開いて早苗の口に押し込んだ。


「んぐっ…」

「あっは、可愛くない声〜♪」

「誰のせいだと…ん、イチゴ味」


ロキはそれからもう1つキャンディを取ると、今度は自分の口に放り込んだ。それから少し舐めると、早苗の頭を片手で支えてキスもし始めた。
突然のことで驚いていると、唇をわってチョコレート味の舌が入ってきた。ロキの舌は早苗の苺キャンディを捕まえて攫っていき、直後にチョコ味のキャンディが口に入ってくる。口の中は甘い味が混ざり合い、幸せな気持ちになってくる。
早苗はおかえしとばかりにロキの口に舌を入れ、わざと音をたてるようにキャンディの味を混ぜた。ツリーの中に居るとはいえすぐ近くに他の生徒が居ることも、トトたちの準備を抜けだしてきたことも気にならないくらいに幸せだった。


「んっ…シャナってばだーいたーん」

「ロキさんが飴で遊ぶから」

「イイよ、そういうのも。シャナが積極的に来てくれると、ちょっと興奮する」


割りと真面目な声と顔で言われ、早苗はまた両頬がかっと熱を持つのが分かった。


「えと、そういうこと言われると、ちょっとリアクションに困る」

「だーかーらー、シャナからオレに色々してくれると嬉しいってこと!」

「…じゃぁ、たまには、私から」


早苗はロキに触れるだけのキスをすると、ろくに顔を離しもしないくらい近くで囁いた。


「愛してます、ロキ」


ロキが何か返そうと口を開いた瞬間


パリンッ


早苗の首元でガラスが割れるような音がし、首から下がっていた八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が砕け散った。


「私の枷が外れた…」

「枷?」

「そう、私にも、神について理解した時始めて外れるっていう枷がついてたの」

「それじゃ、今シャナは神について真に理解したってこと…?」

「多分。…ロキさんのおかげだね」


言うとロキは嬉しそうに早苗を抱きしめ、耳元でこれからもずっと側で教えてあげるというようなことを言うと、もう一度とキスをした。
その後も何度かキスをしながらプラネタリウムを楽しみ、少し寒くなってくるまで二人はずっとツリーに居た。その後、準備に戻ることになり、送ると言うロキに甘えて二人で図書室へと向かった。





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