お名前変換


早苗が目覚ましで目を覚ますとガバっと起き上がり、まずい仕事だとせっせと着替えをしようとしたところで、今日が土曜日であることに気づいた。たしか廃品回収があるので雑誌をまとめていたな、と私服に着替えると紙ひもで束ねられた雑誌を持って玄関を出た。
いっそ昨夜届いた謎の勾玉も捨てたい気分だ。

廃品回収の場所につくと、何やらざわついており、赤髪が…男の子が…というような単語が聞こえてくる。早苗が廃品を置きたいのでというのを言い訳に前の方に出てみると、回収場所の片隅に長い赤髪を三つ編みに束ねた少年が、地面に倒れこんでいた。兎の人形を両腕で抱え込んでいる様子が少し可愛らしい。
日常のなかの非日常に少し心をくすぐられた早苗は雑誌の束を置くと、遠巻きに見ているだけだったご近所さんは気にせずに、少年に歩み寄った。側にしゃがみこんで首に手をやると、脈はあるし安定している。肩に手をおいて少し揺すってみることにした。


「すみません、大丈夫ですか?声、聞こえますか?」


ご近所さんたちから勇者だ…というような声が聞こえたが気にしない。早苗が少し少年を揺すっていると、彼はぱっと目を開けた。ばっちりと目が合う。そして寝起きのなのか周りの様子をキョロキョロと確認すると、最後にもう一度早苗と目を合わせた。


「ここ、どこ?」

「えっと、○○区の○○ですけど…あ、私は矢坂早苗です。あなたのお名前は?」

「へ〜、あんたシャナっていうんだ。オレは、ロキ。……他は…わっかんないや!」


ニヒヒっと笑ってみせた少年に、早苗はなんだか懐かしさを感じてしまい、丁度来ていた近所のお巡りさんに彼がロキという名前であること、記憶喪失であるらしいことを告げた。

交番で事情を聞きたいと言われたロキに同行し、早苗は彼が今朝からあそこに倒れていたらしいことを警察に伝えた。さらに病院にも同行し簡単な検査を受けさせて、警察と相談してロキという少年を引き取ることになった。
立って並んでみるとロキは案外背が高く、見た目もとても良い方…所謂イケメンに入ると思われる。


「とりあえず、洋服を買わなくちゃね」

「なんか、ごめん。オレ、あんたに凄く迷惑かけてる…っていうか、初対面の相手にここまでするって、シャナってばオレに惚れたのォ?」

「はいはい、冗談だってわかってますよ。ともかく駅ビルに向かいます」

「ちぇ〜、つまんなーい」


歩き出した早苗に追いつくと、ロキは自然な動作で手を繋ぎ、そして指を絡めてきた。不思議と嫌な感じはしなくて、早苗は繋がれた手をまじまじと見てしまった。なんだか始めて繋いだような気がしない。かといって、昔付き合っていた人に似ているとかそういうこともない。


「ロキさん…って、初対面ですよね?」

「なんか敬語になってるし。多分…初対面」

「多分?」

「そ、多分。だってオレも、あんたに始めて会った気がしないんだもん」


言うとロキは人通りが少ないとはいえ歩道で、両手をつかって早苗の顔を包み込むと、二人の額を触れ合わせた。


「オレ、シャナに会うために生まれたんじゃないかと思う」

「っ…新手のナンパ?」


あぁ多分、私はこの人を好きになる。
早苗はそんな予感めいたものを感じながら、ロキの手を振り払って繋ぎ直すと、買い出しに行くべく歩き出した。










【 日曜の朝は… 】














ロキが早苗の元へやってきてから半年ほどが経過した。すっかりと日常生活は送れるようになったロキだったが、やはり記憶は戻ってきていなかった。何か過去にやったことのあることをすれば思い出すかもと、早苗は休日は出来るかぎり遊園地や水族館、プラネタリウムや動物園に連れ出したり、七夕や花火もした。
今日は二人でお月見をしようということになっていて、二人で白玉粉をかき混ぜていた。


「それじゃぁロキはその粉抹茶を熱湯で溶いて、絵の具みたいにしておいて。それでお団子に兎の顔を書くから」

「はーい。シャナってほんとに変なところでこだわるよねぇ〜。ま、面白いからいいケド☆」

「いいじゃない、兎のお団子。可愛いよ?」

「兎の団子ねぇ。やるならもっと…こう、立体的な兎に」


抹茶の粉をかき混ぜながら、ロキは自分が言った言葉にはたと動きをとめた。どうしたのと尋ねると、驚いた顔のままで早苗の方を見てくる。


「シャナのお仕事って、何かの先生?」

「まさか、ただのOLです」

「…じゃぁ、シャナって兎と鳥飼ってたり…」

「しないよ?どうしたの、本当に?」


ロキは抹茶のボウルを置くと早苗を自分の方へ向けて、ぎゅっと抱きしめた。


「どんな神でも、あったことをなかったことには出来ない。多分オレ、ずっと前からシャナのこと知ってるし…愛してる」


魔法のような言葉に、早苗も同じようにロキの背中に腕を回した。









FIN




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