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早苗がパッと目を開いて数回まばたきをすると、視界にはっきりとロキの姿が見えた。抱きしめられたまま眠っていたらしく、場所もまた全員が揃っていたリビングではなくて誰かの寝室のような場所だ。


「目、覚めた?」

「うん…確か、私ディオニュソスさんのジュース…じゃない、ワイン飲んじゃった?」

「そうそう、で酔っ払ってオレにあんなことやこんなことを〜♪」

「冗談ですね、分かります」


服もきちんと着ているし、何より彼のからかうような笑顔が冗談だと理解させてくれた。枕元にあった時計を見れば、あと40分程で年が明けるようだ。その後は皆で校内に作ってもらったという神社に初詣へ行く予定になっている。


「ロキさん、そろそろ準備しよ?年越ししたら出かけなくちゃいけないし…」

「りょーかいっ。ほらさっさと服脱いで、オレが着つけるから」

「っ!そこまで勉強したの!?」

「当たり前でしょー。草薙にやらせるのはなんかムカつくし、他の男どもにやらせるのは論外!かといって一人で着るのは大変でしょ?。ほーら、早く〜」


ベッドから降りたロキは壁際にあった布をかけられた大きな何かを指さした。そして指を1つパチンと鳴らすと、どういう仕組なのか布がさっと取り払われ、中から振り袖が姿を見せた。裾は橙で上にいくにつれて赤、茜色、黒と綺麗なグラデーションになっていて、柄は炎が揺らめいている上に梅の花が散っている。帯は辛子色で帯紐は常磐緑だ。シンプルだがどことなく神としてのロキの姿を想像させるその振り袖に、早苗はわぁっと声をあげた。
まさか本当にここまで作り上げてしまうとは、早苗は少しでも疑った自分が情けないのと、ロキのことが誇らしいので言葉が出てこない。


「凄い…綺麗。私が本当に着ても良いの?」

「当たり前でしょー。シャナのためにやったんだから。だから、早く脱ぐ!」


肌を見られるのはかなり辛いものがあるので、早苗は置かれていた桐箱から襦袢を取り出すと「後ろ向いてて」と言ってそれだけは自力で着た。ロキは何を期待していたのかがっかりした様子だったが知ったことではない。
早苗も成人式以来に着る振り袖は決して着慣れていない。ロキが器用に着付けてくれたために形になったが、一人ではこうは上手くいかなかっただろう。姿見に映る自分の振り袖姿を見て、早苗はもう一度感嘆の声をあげた。


「凄く器用だね…私じゃこんなにしっかり着れない」

「着せるのも脱がすのもオレの特権だから、浮気厳禁、ネ?」


早苗の後ろから襟周りを整えたロキは、耳元に1つキスをすると部屋の扉を開けた。草履と鞄は持ってくれて、さらにちゃんと手もとってくれる。至れり尽くせりな状態に頬を染めつつ、早苗はギリシャ神話組の部屋へとえっちらおっちら戻った。

二人が部屋に戻ると、まずディオニュソスが飛んできて謝罪を述べた。早苗はまったくもーと口を尖らせるロキをなだめ、二人になれたから良いだろうと言い聞かせた。


「ロキさん、怒らないでください。気付かず飲んだ私も悪いですし…二人でゆっくりお話できたと思えば問題ありません。私は嬉しいですよ?」

「……シャナが言うならそういうことにしておいてあげるケド…」

「あ〜、うん。なんていうか……お熱いことで…」


ディオニュソスの件が一段落した時、室内の階段から同じように着替え終わった結衣が降りてきた。黒っぽい早苗の振り袖とは対称的に、白と青が中心のデザインでいかにもアポロンに合わせましたという感じだ。
結衣は早苗の振り袖を見るとわぁっと声をあげて、階段の残りを少し大変そうに降りてくると、こちらに寄ってきた。


「矢坂先生、振り袖とても似合ってます!」

「ありがとうございます。草薙さんも…この柄はアポロンさんに合わせたの?」

「あ…やっぱり、分かりやすすぎますか…?」


はにかんでそう笑う結衣はとても可愛らしい。アポロンがころっと落ちてしまうのも納得できた。
二人の着物について語っていると、テレビから流れていた番組が除夜の鐘に切り替わり、早苗は一度全員座って除夜の鐘を聞くことを提案した。前の年の厄を払う意味があるのだという結衣の説明が終わると同時、箱庭での架空の年越しとなった。


「新年、あけましておめでとうございます。」

「はい、昨年中は大変お世話になりました。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。」


早苗と結衣はお互いに正座してふかぶかとお辞儀をすると、それぞれに想い人の手を借りて立ち上がり、神々を神社へと先導した。

いったいいつの間に作ったのか、校内に赤い鳥居がたっておりその中には神社にあるもの全てが再現されている。精霊の生徒たちは来ておらず、静かな境内はとても神秘的だ。


「では、私からお参りの方法についてお教えしますね」

「なになに、そんなに堅苦しいわけ?」

「ロキさん、ここは草薙さんの言うことを聞いてあげてください。元来日本人は万物に神様が宿ると考える人種で、更にそれら全てに礼儀をはらうべきと考えていますから。ちょっと神様に新年のご挨拶に行くのにも順序があるんです」

「シャナが言うなら聞く」

「ロキは本当に矢坂先生に骨抜きになってしまっているようだね…幼馴染としてちょっと寂しいな」


カっと頬が熱くなるようなことを言うバルドルへの反応に困り、早苗は結衣に説明の続きを促した。
神々と共に説明を聞くと、結衣の説明の通りに初詣を済ませる。早苗は絵馬を売っているのを見つけ、ロキに書いてみようと言いたくて袖をついついと引いた。


「ロキさん、絵馬を書きませんか?」

「えま?なにそれ?」

「神様に叶えてほしいお願いごとを書くんです。といっても、本当にお願いしているというより、ゲン担ぎみたいなものですね」

「……願い事はなんでも良いの?」

「ええ、到底叶わないようなお願いを書く人も居ますよ」


ロキの手を引いて絵馬を2つとペンを受け取ると、早苗は絵馬にお願いごとを書きだした。早苗は何を書くか少しだけ悩んだが、神々が幸せでいられますようにというようなことを書いた。
書き終えると隣のロキはまだペンを走らせていて、何やら細かくたくさん書いているようだ。覗くのは躊躇われたのでそのままで待っていると、書き終えたとペンを置いたので、二人で絵馬をかけにいった。


「ね、シャナはなんて書いたの?」

「皆さんが…特にロキさんが幸せでありますように、と。」

「なにそれっ。ほんとにアンタ、他人第一主義だよねェ」

「そういうロキさんは?」

「オレ?オレは……」


言おうかどうしようか迷った顔も見せたが、ロキは最終的に人差し指を自分の唇にあてると、秘密っ!とウインクしてみせた。早苗はロキらしいなと笑うと、自分から彼の手をとった。
他の神々は絵馬には気づいていなかったようで既に戻ってしまっている。振り袖のために速度が出ない結衣とその手を握っているアポロンの後ろ姿はギリギリ見えるが、他の神は視界のどこにも居ない。その結衣たちも寮の方へと曲がり角の先に行ってしまい、今度こそ視界から居なくなった。


「二人っきり、ですね」

「なぁに、厭らしいことでも考えてるの?」

「そうじゃなくて…まさかこの世界に来た時は、誰かを好きになるなんて思ってなくて……まして、こうやって好きっていう気持ちに好きって返してもらえるなんて。」

「それはオレも同じだ。バルドルが『もっと凄いイタズラが思いつくかも!』なんて言うから来たけど、まさか人間を好きになるとは思ってなかった」


ぎゅっと繋いだ手に力が込められた。


「でも、今シャナの手を離したくないって思ってるのは本当で、これから先ずっと隣に居てほしいと思ってるのも本当」

「私も、出来るならずっと、隣に居たい…」

「……なんで、そんな風に言うのさ。まるで一緒に居られなくなるみたいに」


不機嫌になってしまったロキに、早苗はしまったと繋いでない手を口元へあてた。いずれくる卒業というものも、今出すべき話題ではなかった。
その沈黙をロキはどうとったのか、早苗の肩を引き寄せるとちゅっと額にくちづけた。


「大丈夫。オレはあんたの隣から、絶対に居なくならない」


確信のあるような言い方に、早苗は妙に安心してしまった。そのまま二人でお互いの体温を確かめ合い、しばらく星を眺めてから二人は寮へと戻った。
寮へ戻って振り袖を脱ぐ時まで繋いだままだった手が、とても愛おしかった。





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