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【14:神々式 れんあい塾】





ロキが授業に出てこない。ということで、保健室にはトトがやってきたりアポロンが相談にやってきたり、結衣がお見舞いにとやってきたり、ここ数日大繁盛していた。トトはロキと早苗に何かあって不登校に戻ったと気づいているようで、書類のフォルダで頭を叩かれさらに盛大なため息までプレゼントされてしまった。
そして今まで毎日のように通ってきていたロキの代わりに、トールがよくやってくるようになった。どうやらロキはバルドルが一緒に居るので、早苗の方を心配してくれたらしい。

ロキが来なくなってちょうど2週間。今日も放課後になると早々にトールがやってきた。いつものように紅茶とお茶菓子を出して、少しだけ授業のことを話す。ロキやバルドルに比べると寡黙な印象のある彼だが、こうしてじっくり話をしてみると強さ故の優しさと気遣いであるとよく分かった。
北欧神話最強の神である彼は、いつだって誰かが傷ついていないか気にかけてくれているのだ。


「……今日も、ロキは部屋から出てこなかった。人間の体では腹が減って仕方がないだろうに、それでも出てこようとしない。」

「そう、ですか…」

「……恐らく、あいつにも何か考えがあるんだと思う。矢坂なら、理解してやれると思うんだが…」

「話せないことには、ですよね」


これではまるで、年頃の女の子のようだ。好きだった男子とクラスが別れてしまい、自分の気持ちを伝えることも、相手の思いを確かめることも出来ない。そんなほろ苦かったり甘酸っぱかったりする話なら良かったのだが、生憎と規模が違いすぎる。
今、早苗とロキを隔てているのは教室の壁だなんていう小さなものではない。神と人間という天と地ほどもある絶壁がそびえているのだ。天の岩戸のように早苗の呼びかけに応じてあちら側から開けてくれたら嬉しいのだが、どうもそうはいかなさそうだ。


「……そういえば、戸塚月人とハデスの枷が外れたらしい。」

「ほんとですか!良かった…お二人も卒業資格を得たんですね」

「カドゥケウスが言うには、矢坂の尽力があってのことらしい」


本当に早苗の力であるというのなら、どうしてハデスたちの枷は外れたのだろうか。彼らよりもロキやトールのほうがずっと長く一緒に居るはずだ。早苗が与えた影響は彼らの方が余程多いはずである。
訳がわからないことが増えてしまい、早苗は頭が重たくなったように感じながらため息をついた。


「……ため息をつくと、幸せが逃げるというな」

「これ以上逃げていく幸せは持ち合わせていません」

「……だが、人間は誰かに相談すると心が軽くなるとも言う。俺で良ければ、矢坂の話を聞こう」


優しい声に顔をあげると、穏やかに微笑んだトールと目があい、早苗は両目から勢い良く涙が出てくるのを感じた。辛い時に優しくされると余計に泣きたくなるが、彼の優しさに胸が痛いほどだ。

早苗は大人だからだとか教師だからだとか、そういったことは関係なく、バルドルに話した時のように思っていることを全部トールに話してみようと思った。


「私、ただの人間で…友達も少なくて、でも友達を作る努力もこれといってしてないような人で。ここに来てからずっと構ってくれるロキさんが嬉しかったんです。」

「……ロキはちょっかいを出すのが好きだからな」

「そのちょっかいが、凄く嬉しかったんですっ!私を必要だと思ってくれている人がちゃんと居るんだって、そう実感できて……別に、ロキさんがからかってるだけだって分かってました。でもそれが途中から、恋に変わったことにも気づいてしまった。私もロキさんも、多分お互いを嫌ってなんていないそう思っていました…」


そう、トトが早苗を信頼していることが面白く無いと言ってみたり、わざわざ早苗のためにお団子を用意したり。ロキは確かに早苗を気にかけてくれていて、好きだと思ってくれていたようだった。


「でも、ロキさんが好きだったのは『神様の矢坂早苗』なんです。ただの普通の『私自身』じゃなかった……。だから『人間の矢坂早苗』のことはきっと嫌いなんです。だって所詮人間でしかないから!愚かで弱い、人間だから…」

「……確かに、ロキは人間が嫌いだ。だが、例え人間だと知っていても、あいつは矢坂を好きになったと思う。」

「…分かりません、そんなの。歴史にIFはありえません」

「……だが、矢坂が好きだから、ロキは悩んでいるんじゃないのか?好いてしまったのに、嫌いなはずの人間なのに、愛しいと思ってしまったから」


俯いた早苗の頭に、トールの手が優しく乗せられた。それから、弱みを見せてくれてありがとう、ということと、ロキにも同じことを言えば良いというようなことを言ってくれた。自分の嗚咽と吸い過ぎた酸素のせいでぼんやりとしか聞き取れなかったが、彼が早苗をとても心配してくれていたことはよく分かった。


「人間が…神様に恋をしても良いんでしょうか…」

「……アポロンと草薙のことは知っているだろう?」

「でも、草薙さんと私では立場が違う…年齢も、役職も」

「……俺は、矢坂に好かれたら嬉しいと思う。ロキも同じはずだ」


ロキと会わなくなってから泣いてばかりだなと、早苗は自分の中でロキがどれほど大きな存在になっていたのか実感しながら、更に涙をこぼした。目尻が痛い程に泣いているのに、涙はどうにも止まってはくれない。

ようやく泣き止んだ時には、下校のチャイムが鳴ってから少し後の事だった。
トールを帰さなばとお礼を言って立ち上がると、彼はふと思い立ったように口を開いた。


「……明日の夜、俺がロキを呼びだそう。」

「え?」

「……ゆっくり、ロキと話をしてやってくれ」

「トールさん。…ありがとう、ございます!」


彼の提案に少しだけ未来が明るいような気がして、早苗は精一杯の笑顔でトールを見送った。空元気であることはバレているだろうが、トールはしっかり休むようにと言うと寮へと帰っていった。





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