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【13:アウストリの生まれ】




早苗は神の姿から制服姿に戻って教室へ向かうロキを見送ると、急いで保健室へと戻った。トールにわびを入れて教室へ行っても大丈夫だというと、彼は何となく察してくれたのか了承してくれた。
バルドルはあれから一度も目を覚ましていないようで、早苗は適当に食事を済ませるとトッキーとウーサーにも食事を与え、それから少し汚れてしまった白兎を磨いてやった。そこから朝の日課である掃除やらなにやらを済ませ、トトの資料に目を通しているとあっという間にお昼休みになってしまった。

簡単に食事でもしようかと腰をあげると、バルドルの居るベッドのカーテンがさわさわと揺れた。窓は開けていないのにと思っていると、カーテンは下の方からさらさらと金色の砂に姿を変えてしまった。


「なにこれ…」


慌てて駆け寄ってカーテンを開くと、早苗は我が目を疑った。バルドルから金色に輝く粒子のようなものがふわふわと生まれ出てきて、それがカーテンに触れる度、窓際に置かれた観葉植物に触れる度。触れたものを金色の砂に変えてしまうのだ。
これがロキの言っていた世界を滅ぼすほどの力、なのだろうか。確かにこの微量でもカーテンは悲惨なことになっている。もしもっと出力があげられるなら、簡単に箱庭も世界も壊せてしまいそうだ。

早苗は事情を知らない人に見られる前にとカーテンを取り替えた。金色の砂も箒ではいて、紙でくるんでからビニール袋に入れ、そのうえでゴミ箱へ入れた。
うううっと呻くような声が聞こえ、早苗は慌ててバルドルを覗いてみると、バルドルはぼんやりとまぶたを持ち上げ、目が合うとふっと微笑んだ。


「おはようございます、矢坂先生。わたしは確か、学校へ向かっていたのだけれど…」

「それは昨日の朝のことですね。登校中に倒れたと聞きました。丸一日目が覚めなかったのですよ?」


体調に問題は無いらしいバルドルが起き上がるのを手伝ってやり、丁度やってきたロキとトールに彼を任せると、4人分のお昼ごはんを作った。バルドルにはお肉を少しだけ入れたお粥、他の人には野菜のスープとピラフを渡す。
バルドルは1日眠っていたことを不思議に思っているようで、いつ倒れたのか、倒れていた間どうなっているのかということを聞いてくる。ロキはピラフを頬張りながらそれに冗談交じりで答え、トールは穏やかに微笑んで見守っていた。
本当に、先ほどカーテンが消えてしまわなければ、早苗も昨日ロキから聞いたことは夢だったんじゃないかと思うくらい、3人の様子はいつも通りだ。


「わたしの病気のせいで、皆に迷惑をかけてしまったね。本当に、ごめん」

「いいのいいの、バルドルはそういうこと気にせず、今はしっかり休むこと!そーゆー寂しそうな顔しないで、オレたちはちゃーんと側に居るからさっ!」

「そうだね…わたしも、ずっと皆と一緒だよ」


そのやりとりで、ロキたちはバルドルに「病気」として力のことを話しているのだなと悟った。確かに、本人に伝えるには辛すぎる事実だ。出来るなら話さず、彼の知らないところで解決してあげたい。


「……ところでロキ、昨夜は帰ってこなかったようだが、何かあったのか?」

「っ…!?ゲッホゲホ……」


食後のお茶に口をつけた瞬間落とされたトールの爆弾に、早苗は盛大にむせこんだ。あーあー何やってるのーとロキが背中を撫でてくれるが、この話題のタイミングで話しかけられるのは逆効果だ。
ようやく落ち着いて顔をあげると、バルドルが凄く嬉しそうな顔でこちらを見ている。あぁ、これはなにか言われるなと思っていると、案の定彼はその笑顔を崩すことなく口を開いた。


「それに、ロキの側に居てくれる人は、わたしやトールだけじゃないからね」

「ちょっともう。バルドルってば、何言ってるのさァ!」

「ふふっ。戸塚さんとカドゥケウス先生には気をつけてね」

「い、言われなくても…分かってる、し。」


月人とトトが何故気をつけなければならないのかは分からなかったが、ともかくバルドルの言いたいことはよく分かった。ロキの顔をそっと伺い見てみると、どうやら照れているようで、頬を染めたままそっぽを向いている。
そうしていると、本当に同年代か少し年下の男の子にしか見えなくて、早苗はなんだか可笑しくなってしまった。


「いいなぁ、わたしも可愛い恋人がほしいなー」

「こ、恋人っ!?」

「……なんだ、違うのか?てっきり俺はロキとお前が」

「わーわー!だって教師と生徒ですよ!?だめです、いけません、破廉恥です!」

「えぇ〜、シャナってば冷たい〜。」


そんなことをしている内に午後の授業が始まる予鈴が鳴ったため、早苗はロキとトールを教室へ向かうように言って、バルドルには暇つぶしになりそうな「日本昔ばなし〜本当にあった?怖い話〜」という本を貸し出した。
その本の内容は、今でこそ柔らかい表現に書きなおされているものが多いが、実は残酷な内容である日本の昔ばなしを、本来の姿のまま書き綴ったものだ。

早苗は熱くなった顔を冷ましたい一心でお皿を片付け、どうにか落ち着いた3時にはバルドルと一緒におやつの時間を楽しんだ。





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