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二人の間で、白兎が気遣わしげに二人を交互に見てくる。早苗もロキと同じように白兎の頭を撫でてやった。


「ゼウス様も…ご存知なんでしょうね。その上でこの学園に……。バルドルさんはこの世界が大好きなんだと思います。だから、大切なものを自分で壊すようなことはさせたくありません。」

「そうだ。だから……だから、オレが殺す。バルドルが傷つく前に。」


撫でていた手に思わず力が入ってしまったのか、痛いだろうと飛び上がって抗議してきた白兎に、ロキはごめんごめんと謝った。
ゼウスが知っていてこの学園に呼んだのだとしたら、きっと意味があるはずだ。人間や愛について学ばせることで、何かが変わると思ったのではないだろうか。もしその可能性があるのなら、ロキにもバルドルにも辛い思いをさせなくてすむ。


「本当に殺す必要があるまで、待っていただくことは出来ませんか」

「…は?何言っちゃってるわけ?そんな別の方法があったらとっくにオレが

「ゼウス様は、そのことを知って箱庭に呼び寄せたはずです。ということは、ここで愛と人間について学ぶことで、何かしら運命が変わる可能性があるのではないでしょうか。」


早苗がロキの台詞を遮ってまで強く言うと、ロキは目を見開いた。


「私はロキさんのことを……大切に思っていますから、辛い思いをしてほしくありません。もちろん、バルドルさんにも、トールさんにも!」


ロキは白兎に伸ばしていた手をお腹に持っていくと、上半身をぱたっと折って肩を揺らしはじめた。ストレスのせいで腹痛でも起こしたのだろうか。もともとは神でも今は人間の体、心理状態が体調に現れることも考えられるだろう。
大丈夫かと問いかけながら早苗が手を伸ばすと、あっはははとロキは盛大に笑い出した。ついに壊れたかと焦ったが、こちらに向き直った彼の顔は晴れ晴れとした様子だ。


「あんた、本当に面白い!…本当に……シャナがどうにかしてくれるんじゃないかって、オレにもそう思えてくる。」

「えっと、本当に出来るのかはわからないんですが…少なくとも、今ロキさんに笑っていただけて嬉しいです」

「…シャナセンセって天然タラシ?」

「はぁ!?」


冗談を言える程には元気になったらしいロキは、いつもの独特な笑い声をあげた。
秋の日は釣瓶落とし。話している間に暗くなった空に、星が見え始めている。二人はなんとなく立ち上がる気にはならず、そのまま空を見上げた。バルドルのこと、神々の枷のこと。やらなければならいことも、超えなければならない壁もまだ残っているが、話を聞けたことで少しだけ両肩から重荷が降りたような気がする。
ちらりと横目で見やればそれはロキも同じようで、少しスッキリした顔で星を見上げていた。


「オレとバルドルと、それからトールちんは幼馴染なんだ」

「親戚一同、みたいな感じですね」

「シャナなら知ってると思うけど、オレは神々に忌み嫌われるヨトゥンの血を引いている。神になったばかりの頃は、周りは皆オレの敵だった。」

「もしかして、その頃に出会ったのが…?」

「そう、バルドルなんだ。オレがどんなイタズラをしても傷つかない。むしろ『ロキは凄いね』なんて言ってくる、そんな天然ちゃん。」

「…私も、ありました。周りから疎まれている時に、自分のことは顧みず手を伸ばしてくれる人が居ると、今まで息が止まっていたかのような、開放感みたいなものを感じます」


白兎の背に乗っていた早苗の手に、上からロキの手が重ねられた。急な出来事に驚いてロキを見ると、彼は重ねた方とは反対側の手を空に向かって掲げた。


「It's show time!」


芝居がかった台詞で指をパチンと鳴らすと、途端、空に青や緑、ところどころ紫色も見えるオーロラが広がった。限りなく日本に近い箱庭の気候では、オーロラなんてほとんど出ないはずだ。神様はこんなことも出来るのかという驚きと、オーロラの美しさに歓声をあげると、ロキは満足そうに笑った。


「どう?」

「素敵です、オーロラなんて初めて見ました…!ロキさんはこんなことも出来るんですね、流石北欧のトリックスター…」

「ニッヒヒ、褒めても何も出ないけどォ。オレたちの故郷にはいつも出てたんだ。これはそれの模倣」


すっかりいつもの調子を取り戻したらしいロキは、オーロラが太陽フレアやコロナ質量放出や何かで発生することを教えてくれた。早苗は人間が17世紀頃からローマ神話の女神アウロラを元にしてオーロラと名づけたことを教えた。

男女でオーロラを見上げるだなんて、夏休みにプラネタリウムへデートへ行くような感覚だ。例え恋人同士ではなくとも、学生時代に取り残してきてしまったことが出来たような気がして、早苗は自然と笑顔になるのを感じた。
二人の心が落ち着いたのを感じ取ったらしい白兎も、ロキの膝に乗り、降りて次は早苗の膝に乗り、というようなことを繰り返して楽しげだ。早苗は初めて見る光のカーテンと、それから優しくで自分の昔のことを話してくれるロキの声を楽しみながら、穏やかに眠りについた。





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