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結局のところ、お月見の間はずっとロキにからかわれ、そしてそれを見たアポロンや結衣にちょっかいをだされ、とても心臓にわるいものだった。それでも確かに早苗もロキが好きだと気付かされたし、そしてその好きの意味を考えさせられた。
翌朝になっても胸にあるモヤっとした感覚は無くならず、早苗は気分の悪さを感じながらベッドから起き上がった。


「……で、どうして因幡の白兎もどきは私のベッドに入っているのか……。やっぱり作り手に似るのかな…」



いつものように朝の日課である掃除やらなにやらを終えると、早苗は兎のウーサーに薬の在庫を調べてもらい、自分は生徒たちのメンタル状態が書かれた資料を読んでいた。先ほど朝一でどこかへ出かけていたらしいトッキーが持ち帰ったもので、資料の最後にThotoと書かれてる。まさかトトがこんな資料を自主的に作るとは思えないので、大方ゼウスの命令だろう。
そこには今まで枷が外れた神々については書かれておらず、残った神々をしっかり導けという指示のように見えた。


「特に、ロキさんねぇ…。」


もとより狡猾で神殺しもしてしまうような神だ。人間について理解させるのも骨が折れそうな話ではある。
そんなことを考えていると、勢い良く保健室の扉が開かれた。


「シャナ!ベッド貸して!」








【12:オーロラを空に】









必死の形相のロキが駆け込んでくるとベッドの周りにひかれたカーテンを開けた。続けてバルドルを背負ったトールが入ってきて、バルドルが倒れたのだろうと予想した。
早苗はひとまず様子を見るべきだと思い、保健室の扉に「利用不可」のプレートを出すと、バルドルが寝かされたベッドに寄った。苦しげの寄せられた眉に、昨日の疲れでも出たのだろうかと考えたが、それにしてはロキとトールの様子が可怪しい。
ひとまず二人を「他の神々が心配してしまうから」と言いくるめて授業へ向かわせ、昼休みまた来るように言い聞かせた。

昼休みに入ったチャイムが鳴った途端、廊下から軽い足音が聞こえ、朝と同じ勢いで保健室の扉が開いた。息をきらせたロキとトールに椅子を勧めた。
午前中目を覚まさなかったのは疲労による睡眠不足かとも思っていたが、二人の慌てようを見ると、他になにか理由がありそうだ。


「バルドル…」


小さく呟いたロキの声は震えていた。まずは落ち着いてもらうのが先決だと思い、早苗はロキとトールにお茶を用意した。小さくお礼を返してくれた2人だったが、カップを口に運ぶことはなく、ただベッドに寝ているバルドルを見つめている。
授業開始のチャイムが鳴った時、トールがそっと口を開いた。


「……朝、寮から校舎へ向かう途中で倒れたんだ。」


それだけ言うと、ロキもトールも俯いてしまい、以上の情報は出てこなさそうだった。早苗はともかくただの体調不良ではないということしかわらからず、2人が話しだすまで待つことに決めた。
ロキが体育祭で作った因幡の白兎が彼の足元へ駆け寄っていき、気遣わしげに頬ずりしている。造り主の感情が分かるのか、眉は無いはずなのに眉が下がって見える。

2人が口を開くのを待っている間に昼休みはどんどんと過ぎていき、半分くらいが終ったところでロキがぼんやりとした滑舌のよくない状態で言った。


「なんで…」


かろうじて聞き取れた声に、早苗は顔をあげた。
ロキの顔はとても深刻で、今度こそ本当にゼウスに質問をしに行くべきなのかと、早苗は半分腰をあげる。ロキは大きく椅子がずれる音をたてて立ち上がると、俯いたまま拳を握りしめた。


「なんで、理由を聞かないんだよ!あんただってオレたち見て、バルドルがただ貧血とかで倒れたんじゃないってわかってるんだろ!」

「はい、それは気づきました」

「じゃぁなんで!!」

「待っているんです。ロキさんが私に話しても良いと、思ってくれる時を。」


早苗が真っ直ぐとロキを見て言った言葉に、彼の目がハッと見開かれた。何か分からないが、ロキが苦しんでいるのならばそれを解放してあげたい。その気持ちは確かに早苗の中にあるもので、お月見やそれ以前のゴタゴタの中で培われた確かな感情だ。
こればかりは、相手が年上だろうが年下だろうが全く関係は無い。


「辛そうでしたから、何か言いたくなるまで待とうと…。プライベートなことであれば、私が踏み込むのも躊躇われますから」

「なんで…なんで。……シャナがどうにかしてくれるような気がしてたんだ。でもやっぱり」


ロキがばっと顔を上げたとき、きらっとなにか光るものが飛び散った。


「バルドルは、オレが殺す。あんたにそういう顔させる前に、絶対」





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