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そしてお月見の当日。
トトに取り計らってもらい、今日の授業は午前中で終了だ。このあと6時間程の空き時間があり、夜にもう一度教室へ集合してからお月見の開催場所である川辺に向かうことになっている。
夕方になって早苗は結衣と示し合わせた浴衣に着替えた。厨房へお団子を引き取りに行き、厨房の精霊が貸してくれたクーラーバックにタッパを詰めて、遅れないようにと教室へ向かう。
教室の中を覗いてみると、既にいつもの神々が集まっているようだった。アヌビスも特に問題なく馴染んでおり、言葉は通じないものの楽しげに皆の様子を見ていた。


「さて!それでは出発、全員で出発するよ!」


結衣の浴衣は白地にひまわりが描かれているもので、太陽の神であるアポロンに合わせて選んだのだと、先日こっそり教えてくれた。その効果もあってか、今晩のアポロンはとても元気が良いように見える。


「草薙さん、浴衣凄く似あってますね。髪飾りも注文してたなんて…流石年頃の女の子は違うわ……」

「ありがとうございます。矢坂先生もとても素敵です!大人の女性っていう感じがして…」


20そこそこで大人の女性としての魅力が出ていたら、そのうちすぐにオバサンになってしまうような気もするが、結衣に悪気は無いようなので、ありがとうとだけ返しておいた。
河原へ向かう道すがら、お国柄がよくでているのかギリシャ神話の3人からは言い過ぎだという程の褒め言葉をもらい、浴衣姿の月人と甚平を着てきた尊には照れたように視線を逸らされた。トールもほとんど日本の2人と同じ反応だったが、バルドルは結衣とまとめて盛大に褒めてくれた。

少し歩いているとだんだんと細い道に入ったので、早苗は先頭をアポロンと結衣に任せ、自分は最後尾へと移動した。せいぜい2人並べるくらいの道で、万が一にも生徒になにかあっては困る。
するとロキがすっと後ろへ出てきて早苗の隣に並び、隣り合った手を自然に握られる。そしてその手を少し下に引かれ、自然とロキの方に傾いた耳元に口が寄せられた。


「シャナ、浴衣…すごく似合ってる」


いつもより少し低い真面目な声で言われ、顔が熱くなる。
驚いてロキの方に顔を向けてしまえば思ったよりもずっと近くに顔があり、鼻先が掠めた。勝手に止まってしまっていた足をもう一度動かすにもきっかけが掴めずにいると、ロキはわざと鼻の頭同士をトンとぶつけて、それから手をしっかりと握り直すと歩き出した。


「あ、あの……ありがとう、ございます」

「そーんなに照れちゃってェ。やっぱりシャナセンセってば、かーわいい☆」


いつも通りにふざけた口調で言うわりに、繋いだ手は更にぎゅっと力を込められてしまって、早苗は複雑な気持ちになった。いつもはロキに対して年下の男の子に対するような保護欲を感じている。それが今はどうだろうか、すっかりどきどきさせられてしまって教師として面目ない。

どうにか顔の熱も冷める頃、川のせせらぎが聞こえたと思うと森は開け、ススキで囲われた広場のような場所に到着した。先頭に居た生徒会のメンバーが率先してレジャーシートを敷き、折りたたんで持っていたベンチを設置すると、早苗はそこにお団子を提供した。
結衣は中に入っている団子を各シート毎に分配すると、好きに分かれて座るように指示を出した。アポロンのシートにはディオニュソスと結衣。月人のところにはハデスと尊が。残りのシートにバルドルとトールとロキが。綺麗に分かれてしまったのでどうしたものかと思っていると、背後から背中を押された。


「矢坂先生は北欧神話の皆さんのシートへどうぞ!あのシートだけ他のものより少し大きいですし」

「え、えっと…では、お邪魔します」


視界の隅っこで尊がニヤニヤとこちらを見ていた気がするが、早苗は背中を押されるままに北欧神話のシートの片隅に腰を下ろした。隣はロキで、反対隣はシートが無いので誰も居ない。
よりによってロキの隣とは。先ほどのことを思い出して居づらさを感じていると、目の前に見覚えのある兎が差し出された。ロキから受け取るとじっと見られ、いただきますと呟いて一気に口に含んだ。頭だけ食べるとか胴体だけ食べるというのは、造形が綺麗すぎるが故に躊躇われる。


「うん、美味しいです」

「まだまだあるから食べてねー。で、バルドルはこっち」


ロキは早苗のクーラーバックから「バルドル専用」と書かれた付箋のタッパを取り出すと、バルドルの目の前にドーンと置いた。蓋をあけると、綺麗にならんだ12個ほどのお団子が顔を出すが、ところどころ薄っすらと緑色が見えている。
食べちゃ駄目だと言ってあげたいが、バルドルはすぐにお団子に手を伸ばしてしまった。


「ありがとう、ロキ!わたしのためにこんなに作ってくれたんだね…では、いただきます」

「……手遅れ、だな」


トールがお茶を用意して手渡そうとすると、お団子を十分に噛み締めたバルドルが目を見開いた。


「ん!?んんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!」

「ニッヒヒ、イタズラ大成功っ♪」

「美味しい!!!」

「「「…え?」」」


バルドルは満面の笑みでもう1つお団子を取ると、ポイっと口に放り込んだ。


「ありがとう!ロキはわたしが最近日本にハマっていると知っていたんだね。とくにこのワビサビ…だっけ?とても刺激的で美味しいよね!」

「ワビサビ、ではなくて、ワサビですね」

「あぁ……う、ん。喜んでくれてよかったよ…」


トールの用意したお茶を飲むこともなく、バルドルは全部のワサビ団子をぺろっと平らげてしまい、ロキは複雑な顔でそれを見守っていた。





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