お名前変換





【11:魔法のキス】





お月見計画の前日。


「トールさん、まずは白玉粉に熱湯を少し入れて、菜箸かヘラでかき混ぜてください」

「……分かった」

「ロキさんは抹茶のお粉をお湯で溶かして、粘り気のある絵の具のような状態にしておいてください」

「はーい」

「わたしは何をすれば良いのかな?」

「総監督です」

「わ〜、凄い!いいのかな?わたしに監督だなんて…」

「バルドルさん以外に適任は居ませんから!」


箱庭の学園寮、食堂の調理場。早苗はロキ、バルドル、トールと共に、ひたすらに全員分のお団子を作るという任務を実行していた。結衣はイタズラが過ぎることも多いロキは手におえないと判断したらしく、北欧神話3柱の神々を早苗にまかせてしまったのだ。他の神々は結衣指揮の元でお月見に使うススキの準備だったり、場所の確保、レジャーシートやベンチなど必要なものの調達を行っている。
先ほど入った結衣からの連絡によれば、学園の外に流れる川付近にススキが大量発生している場所があるそうで、お月見はそこまで移動して行われることになった。
早苗としては、ベンチを発注するあたりをロキにやらせる…もしくはロキに作らせれば良いのにと思っているが、結衣に強く「お団子づくりをしてほしいんです!」と言われては断れはしなかった。

トールの混ぜていた白玉粉が良い感じになってきたので、早苗は砂糖と水を加えてさらによく捏ねるように指示を出すと、自分も別のボウルで同じ作業を開始した。


「シャナセンセ、こんな感じでオッケー?」

「はい、それで大丈夫です。最後にその抹茶で、団子に兎の顔を書きますから冷蔵庫で冷やしておいてください」

「ん?兎?人間は月見や団子と兎をセットで扱うの?」

「日本では月には兎が住んでいると言われています。ので、日本に限りかもしれませんが、お月見と言えば兎も重要なアイテムになってくるのです。」


そんな説明を興味深そうに聞きながら、ロキはトールの混ぜ終えた団子のもとをこねて丸くし、手元で緑色の団子を大量に生み出している。明らかに緑色をしているのはヨモギだろうから問題ないが、内側からうっすら緑が見えているものもある。ロキの手元には「Wa・Sa・Bi」というチューブが落ちており…


「ロキさん、私、ロキさんの作ったお団子は絶対に食べませんから、よろしくお願いします。」

「だーいじょうぶ、今作ってるのはバルドル用だから」


いっそ清々しい笑顔で言われると、苦笑で返すしかない。


「ロキはわたし専用を作ってくれているんだね!なんだろう…お肉の味のお団子とかなのかな?」


わさび団子も肉入り団子も勘弁して欲しい早苗は、自分が食べる分はしっかり自分で作らねばと、トールと共に普通のお団子をひたすら丸めた。途中から最近日本がマイブームだというバルドルの発案で、いくつかは串に刺して1粒ずつの団子ではなく串団子も作成された。
これでもか!という程に団子を作り、用意しておいた白玉粉も他の材料も全部無くなり、早苗は一番手先が器用だと思われるロキに兎の顔が書かれた団子を作ってもらおうと、冷蔵庫から抹茶を取り出した。が、既に抹茶を作っておいたはずのボウルが消えており、


「あれ、ロキさん。ここに抹茶のボウルがありませんでしたっけ?」

「あ〜、それならオレがもう使っちゃったぁ〜☆」

「え…」


よくよく見てみればロキの手には調理用の筆があり、手元の団子に何か書き込んでいる様子だ。横でロキの作業を見ていたトールと目があい、彼の苦笑した顔から何やらしでかされたらしいと気づく。
早苗が慌ててロキの手元を覗き込みにいくと、そこには早苗の想定していたただの丸い団子に顔が書かれただけの兎団子ではなく、精密に手足や耳が立体的に作られた兎の団子があり、抹茶の絵の具で目や口も描かれている。


「凄い…可愛い」


思わずそう呟けば、ロキは自慢げにお団子の兎を差し出してきて、兎は早苗の手の中に収まった。手のひらに3羽は乗りそうなくらい小さいのに、造形は目をみはるほど細かい。


「器用な方だとは思っていましたが…お団子でここまで作れるとは……流石ロキさん」

「でっしょォ?これ全部シャナの分だから、当日は好きなだけ食べていいよ」

「えっ?10羽も居ますし、他の皆さんにも見て頂くためにも分かち合った方が

「駄目」


これだけ頑張ってロキが作業してくれたんだということは、他の神々にも結衣にも知ってほしい。そう思って口を開いたはずだったのに、返ってきたのは思ってもみない冷たい声だった。
ロキの顔を見やれば、いつものような楽しげでイタズラな笑顔ではなく、穏やかに唇で弧を描いた柔らかい笑顔をしている。


「シャナの分なんだから、他の奴にあげちゃダァメ。作ったオレが言うんだから絶対なの!分かった?」

「わ、かりました…。ありがとうございます、ロキさん」


さ、今日の作業はおしまーい。と率先して片付けを始めたロキに、バルドルはくすくすと笑いをこぼした。トールも笑みを浮かべながら片付けをはじめ、早苗はおかしなことがあっただろうかとバルドルを見上げた。
するとバルドルはきょとんとした表情を見せたが、直後には優しく微笑んでみせて、今はまだ気づかなくて良いんじゃないかな、というようなことを言われた。ますます訳がわからない。
ともかく片付けを終わらせて明日のために団子を冷蔵庫へ保管させてもらうと、4人は厨房を借りたお礼をして撤退した。





_