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ただ、どれだけ生徒たちと言葉を重ねても、ロキに対して自分がどんな形の好意を持っているのか、他の生徒たちとなにが違うのかはよく分からなかった。もやっとした気持ちでは眠りにも付けず、早苗はお風呂とお夕飯を済ませると中庭に出てみた。

夜風が心地よく、秋に入ったからか遠くの方で鈴虫のなく声が聞こえる。日本は縦長の島国なので四季がはっきりしているが、他の国々はそうでもないだろう。となると、日本神話の神々以外は箱庭でしかここまではっきりした四季の移り変わりを感じられないことになる。
そう思ってふと空を見上げると、半月の光が綺麗に地上を照らしていた。


「満月、あと半月くらいかな…」

「12日後が、次の満月です。」


さくさくと中庭の芝生を踏む音と一緒に、半年で聞き慣れた声が聞こえた。月人も同じように月を見上げているようで、穏やかな表情をしている。制服と違い私服は合わせ襟の和風なもので、彼にとてもよく似合っている。


「こんばんは。月人さんはいつも私の知らないうちに近くに居ますね」

「そうかもしれません。…今は、君が月を見ていることが、くすぐったいような気がして声をかけました」

「くすぐったい?」

「俺の体に異常があるわけではないのですが、不思議と心地よい違和感を感じました。人はそれを『くすぐったい』と言うのだと、これに書いてありました」


月人が見せた本にはピンク色の可愛らしいレタリングで「メアリーの恋愛白書」と書かれている。少女漫画のようだが、図書室にあったのだろうか。入荷した人のセンスを疑う。
ともかく、そのヒントをもとに考えると、月人は早苗が月見をしていたことが嬉しかったらしい。


「月人さんも、月を見るのがお好きなんですか?」

「いえ、任務です。俺の存在意義は、そこにありますから」


そういえばそうだったな、と早苗はまたぼんやりと月に視線を戻した。
月人もまた、臨海学校以来あの優しい微笑みを見せてくれてはいない。あの笑顔がすんなり出てくるようになれば、卒業も近づくような気がするのだが。何分自分の感情がよく見えていないらしい彼が、一体どんな行事を喜んでくれるのだろうか。


「あ……お月見…」

「どうしました?」

「秋の行事は、お月見なんてどうでしょうか。一日、午後の授業がない日を作ってもらって、その日の夜に皆でお月見をするんです。お団子を作ったり、ススキを飾ったり…草薙さんには浴衣も着てもらいましょう!きっとアポロンさんが喜びます。」


それに月見なら月人も嬉しいだろう。それは言わずに、早苗はさっそく用意したい団子の材料やらを考えはじめ、わくわくしながら月人に別れを告げた。




早苗は翌日の放課後、結衣にお月見の提案をして生徒会に通してもらうよう頼むと、自分はトトの元へ行事の許可と半日授業のお願いをしに図書室へ来ていた。


「バラバラ!(シャナ、久しぶり!)」

「アヌビスさん、お久しぶりです。」

「カー、カーバラ(最近シャナのお菓子が食べれなくて寂しい…)」


図書室へ入った途端に飛びついてきたアヌビスの相手をしながら、トトの元へと向かうと、相変わらずぶつぶつと音読をしながら人智を超え速度で読書をしていた。今回はレシピ本らしく、鶏肉やら塩胡椒やらといった単語が聞こえてくる。叡智の神というだけあって知識は豊富なのだろうが、それにしても守備範囲が広い。
早苗は隣のテーブルに座って一冊の読書が終わるまで待とうと腰掛けると、ふっとトトが本から視線をこちらへ投げてよこした。慌てて立ち上がるとお辞儀をし、早苗はまずは挨拶からと微笑んだ。


「お疲れ様です、トト様。お時間少し、よろしいでしょうか?」

「構わん。さっさとしろ」

「ありがとうございます」


トトに枷の外れていない生徒とゆっくり話す時間もとれる行事だろうと言うと、案外あっさりと午前授業の許可がおりた。ついでにトトも参加しないかと聞いてみたが、いつものように私は忙しいで断られ、代わりにアヌビスが参加したいと言っている。どうやら団子を作る話に惹かれたらしい。

早苗は図書室で改めてお月見の作法やら必要なものを確認し、それからレシピ本のコーナーから和菓子の本を借りると、そのままヘルメスのもとへと向かった。


「へい、いらっしゃい!」


八百屋かと聞きたくなる威勢のよい声に会釈をし、必要な食材を伝えて手配してもらう。
お月見の実行は11日後に迫った満月の夜。それまでにいかに準備を進めるかで、早苗はうきうきと鼻歌を歌いたいような気持ちで過ごすのだった。




















第9話、終。




















2014/06/13 今昔
ヘルメスが八百屋っぽいのは僕の好みです。




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