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早苗たちの臨海学校は、アヌビスの枷が外れたり、トトの水着を着ているところを彼に見られて盛大にからかわれたり、ロキが水着を着てくれないとすねて脱走したりと、とても充実していた。その帰りがけ、早苗は結衣とアポロンから彼の枷も外れたのだと聞かされ、感じていた疲労が吹き飛ぶ思いでお祝いを言った。
そして同時にふたりは恋人同士になったらしく、見ているこちらが火傷しそうな仲睦まじい様子に、爆発しろとも末永くお幸せにとも感じた。

そして臨海学校から数日たった今日、早苗は結衣とアポロンと共に学園長室へと呼び出されていた。久々に立ち入ったそこでは、子供の姿になっているゼウスが玉座に腰掛けてこちらを見下ろしている。始めて会った時と変わらぬ威圧感しかないはずなのだが、普段関わる神々が親しみやすいため、相対的にとても怖く感じる。


「アポロンとアヌビスの枷が外れたそうだな」

「はい、他にもトールとディオニュソスの枷が外れたそうです。」

「良い傾向だな」


ゼウスは跪いた早苗を見て、そして立ったままの結衣とアポロンを見て、それから最後に柱を背もたれに立っているトトを見て深くため息をついた。


「して、矢坂早苗。そなたの枷は外れぬのか?」

「…え?あ、私にも枷が付いているのですか?」

「そうだ。貴様が今下げている八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が枷になっていて、貴様が神について学び終えたら外れるようになっている」


ゼウスの代わりに背後からトトの声が聞こえ、早苗は下げている勾玉をぎゅっと握ってみた。確かに初日、首から外そうとした時に静電気のようなものが出来たことは覚えている。神々についているという枷と同じ効力をもつなら、それも納得だ。


「やはり外れぬか…。まぁ良い。引き続き草薙と共に神々を卒業に導け」

「あの!その件でゼウスさんと矢坂先生にひとつご相談が…」













【09:Darling!!】












ゼウスに対して行われた結衣の意見というのは、今卒業の資格を得ていない神々の指導を、早苗メインにして欲しいというものだった。アポロンと恋仲になった以上他の男性につきっきりとなることは避けたいとのことで、もちろん全力で取り組むが今まで以上に早苗に関わりを持って欲しいとのことだった。
所謂「リア充爆発しろ」という感情で胃がムカムカしたが、若い二人を見守りたい気持ちもあったので早苗は出来るかぎりで対応すると答えざるを得なかった。


「だからって、問題児ばっかりだよ〜」


早苗が机に突っ伏すと、兎の使い魔であるウーサーがすりすりと寄ってきた。ついでに因幡の白兎もどきも反対側から頭にすりよってきて、髪の毛がぐちゃぐちゃになるのもお構いなしで構ってくる。早苗はもう一度ため息をついた。

季節は夏から秋に移り変わっており、早苗は思いつく限りの秋の行事を書き出していた。体育祭は春にやってしまったので、学校で出来る秋の行事というと文化祭くらいしか思いつかない。あとは秋祭りやら日本によくある行事だろうか。
今までの様子をみていても、日常生活だけでなく何かしら行事を行う方が神々同士の仲が深まり、人間への理解が進んでいるように見える。


「皆が楽しい行事、かつアポロンさんと草薙さんがより仲良くなれるような行事か……むっず!」


ゼウスに結衣が進言した時にも、アポロンは必死に他の男神と仲良くなるのは嬉しいが、嬉しいのだが見ていて辛いのだと言っていた。まだ自分に自信がないのか結衣を信じられていないのか、とにかくあの2人が仲良くなってくれたら結衣の協力も受けやすいだろうし、何より短い箱庭の生活を満喫するためにもくっついていてほしい。
何より学生同士の恋愛など、早苗が学生時代に出来なくて諦めたものの代表だ。結衣とアポロンにはぜひとも上手くいってほしい。


「ね、ウーサー…どうしようか?」


ウーサーを抱き上げて問いかけると、今度は因幡の白兎もどきが自分も抱っこしろと言わんばかりに腕の中に頭を入れてきて、仕方なしに早苗は両腕に兎を抱いた。
どうしようかなーとただぼーっとしていると、ノックの直後に保健室の扉が開かれた。入ってきたのはバルドルで、失礼しますと丁寧にお辞儀をするとこちらに向かってにっこりと笑顔を見せた。


「こんにちは、矢坂先生」

「今日もお疲れ様です、バルドルさん。どうなさいました?」


バルドルはいつもロキが座っている場所に腰掛けると、早苗の腕を抜けだしていったウーサーを抱き上げて撫で始めた。ただ話をしにきた感じでもないので早苗は日本茶と和菓子を用意すると、自分の分も置いて食べ始めた。


「実は、矢坂先生にお願いがあるんだけれど…」

「えぇ、私で出来ることならば」

「秋の行事をする時に、ロキに声をかけてもらえないかな?私とトール以外にあんなに懐くのは始めてのことだから、先生になら枷が外れるんじゃないかと思って」

「…ロキさんは、そんなに気難しい方なんですか?私が見る限り、ただイタズラが好きなだけに見えるのですが…」


そういうと、バルドルは花がほころぶような柔らかい笑顔で笑った。そうやって「ただのいたずらっこ」と捉える者も少ないと言い、それからロキの過去について知っているかと聞いてきた。北欧神話もしっかりと読み込んできたので、その範囲でなら分かると答えると、バルドルは今度は悲しそうに微笑んだ。


「だからこそ、なんだ。ロキには幸せになってもらわないと…」

「枷を外さなくちゃならないのは、バルドルさんも同じでしょう?」

「そうだね。でもわたしのことまで先生にお願いしたら申し訳ないでしょう?それにロキと先生のお邪魔は出来ないし…」

「は?」


意味深に言われた言葉に、早苗は頬にカッと熱が集まるのを感じた。特に直接的な言葉で言われたわけではないが、バルドルの何か言いたげな顔は確実に『そういう関係』であることを睨んでいる顔だ。
確かにロキとは仲が良いものの、あくまでも彼は保健室の先生として慕ってくれているだけだろうし、何より神様と恋をするなど人間の分際でおこがましい。結衣のように若ければ限られた時間の恋に身を焦がすのも良いだろうが、早苗は元の世界の友人たちが早ければ結婚して子供を産んでいるのだ。恋愛したい気持ちもあるが、そうも言ってられない。


「も…もちろん、ロキさんの枷が外れるように善処しますが……」

「ふふっ、ありがとう、矢坂先生。わたしもロキのことは見守っているけれど、わたしは本当に、あなたがロキと一緒になってくれたら嬉しいと思っているんだ」


何か含みのある悲しい笑顔を見せて、バルドルは今度はお菓子に手をつけた。何があるのかと聞きたいが、日本好きな彼の和菓子タイムを邪魔するのもはばかれて、早苗も同じようにまんじゅうに手をつけた。
そういえばこちらに来てからお茶会が多く太った気がする、という呟きから、2人で好きな食べ物の話やら食堂の美味しいメニューの話で盛り上がった。途中で尊とハデスもやってきたので、早苗は追加で大福を振る舞った。





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