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【08:恋のボタン】




「それでは、各自好きなものを焼いて、焼いて食べてね!」


アポロンの言葉に、各グループに別れてのバーベキューが始まった。早苗はアヌビスとロキ、月人と同じ場所で肉やら野菜やらを焼き始めた。最初はロキがバルドルも連れてこようとしたのだが、早苗がバルドル専用肉の山を用意していることを言うと諦めてこちらにやってきたのだ。バルドルはロキの背後でお肉に囲まれて幸せそうに笑っている。

夕暮れの風が心地よいのか、バーベキューの匂いが珍しいのか鼻をひくつかせるアヌビスに、早苗は鶏肉と野菜の乗った皿とフォークを手渡した。各国で食べられない肉の種類があるので気にかけるようにしている。バルドルは各種あまり気にせず食べているようだが、神の職務や文化に敏感そうなアヌビスと、思い込みが強そうなロキには気を使っている。月人には肉ではなくガンモドキとさつま揚げを渡した。


「これだけの人数のリサーチとそれに見合った食材。矢坂早苗、流石です」

「ありがとうございます。月人さんも聖職者ではないので悩みましたが、あまりお肉食べるイメージ…印象はなかったので」

「それにしても、シャナセンセってホント面倒見良いね。これって生徒会の仕事でしょ?」


ロキがピーマンを避けながら肉を食べていたので、お皿に問答無用でピーマンとキャベツを載せると、早苗はそうでもないと答えた。


「一応私も教師ですし…」

「やっぱ、真面目ちゃーん」


それから焼きトウモロコシを作ろうと切ったトウモロコシを鉄板に乗せ、その内の8割くらいに爪楊枝でお子様ランチの旗を立てる。旗には鳥の絵が書かれていて、一応トト用のつもりで建てた旗だ。
ロキ用に普通のマシュマロを焼いて、それから兎の形をしたマシュマロを月人用に焼こうとしたところ、何故か止められてしまったので白いまま渡した。月人は自分で焼いてみたかったらしい、白兎と茶色兎を両手に持って幸せそうだ。

置いたトウモロコシが焼けそうだというころ、アヌビスがすっくと立ち上がって遠くを見渡した。早苗も釣られてそちらへ視線を投げると、何かが海岸沿いにある林の中から向かってくるのが見える。嫌な感じは特にしない。


「カー!バラバラ!(トト!シャナ、トトが来たよ)」

「トト様!お疲れ様です、丁度トト様の分が焼けたところなんです」

「げ、センセ来たの?」


ロキが慌てて肉を口に詰め込んだような声で言うと、不機嫌そうなため息と共にトトが出てきた。肩にはトキの使い魔であるトッキーを乗せ、兎のウーサーのことは抱っこしている。アヌビスは誰よりも早く気づいていたようで、忠犬ハチ公のようだ。
早苗は慌てて紙皿に美味しそうに焼けた順でトウモロコシを3つほど載せるとトトに手渡し、お箸とフォークと何が良いか尋ねた。その後でトッキーとウーサーを連れてきてくれたお礼も付け加えると、トトはしっかりと頷き返してくれる。
ただ、トトは一日生徒たちと一緒に居たことに対する労いの言葉などは一切掛けず、もくもくとトウモロコシを頬張り始めた。本当にこれを食べるために来たのだろうか。


「バラバラ?カーバラ!(美味しい?シャナが頑張って作ってたんだよ!)」

「素材が良いだけだろう」

「バラバラ!(美味しいって、良かったね!)」

「ありがとうございます、アヌビスさん」


どうやら満足してもらえたらしいことに安心して早苗ももう一度お皿を持つと、食べたりない野菜を取って塩胡椒で味付けして口へ運ぶ。トトと早苗でアヌビスをはさみあやすようにしてバーベキューが再開されると、隣のグループからバルドルがひょこり顔をのぞかせた。
ロキのお皿からちゃっかりお肉を一枚食べているが、ロキもバルドルもこちらをじっと見て何か言いたげだ。


「そうしていると、カドゥケウス先生と矢坂先生は、なんだかアヌビスさんの両親のようだね」

「は?」


口に入れようとしていたキャベツを喉につっかえそうになりながら、早苗はどうにか冷静になろうと硬直した。


「馬鹿め。どこをどう見れば、この脳みそも肉体も貧相な女と私が釣り合うというのだ」

「っう…自覚はありますが改めて言われるときついです、トト様」

「バラバラ?(シャナは可愛いよ?)」


アヌビスがおろおろとフォローしてくれるが、案外ざっくりと突き刺さった箱庭で最も見た目年齢の近い異性からうけた傷は癒えない。もちろん、ここに居る神々は皆有名で名の大きな方ばかり。つりあうなどとは思っていない。
そうは言っても辛いものは辛いとそれなりのショックを受けていると、トトとは反対側からロキが頬をつついてくる。


「センセがその気じゃないなら、オレが貰ってあげても良いよォ?」

「あー、はい、ありがとうございます。」

「あっはは、矢坂先生の眼中にはないみたいだよ、ロキ。大人しく下がったらどうかな?」

「いえ!その、ロキさんが嫌いだとかではなく、なんというか、やはりどうしても年下の男の子に見えてしまうといいますか…」


それってやっぱり眼中にないということになるのかな、と早苗は思いつつも言葉を紡いだ。確かにロキは綺麗で整った顔立ちで素敵だと思うが、いかんせんその性格が年下だという感覚を維持させてしまうのだ。もちろん、教師と生徒という立場のせいもあるだろうが。
それに比べると、ハデスやトトは見た目も含め同年代という感じがして話しやすい。別の意味での話にくさは持っているが、「守らなければ」ではなく「役にたたねば」と思えるのだ。


「ふーん、それってセンセには気があるってこと?おーもしろいねぇ、いいよいいよ、そういうの!見てて楽しくなってくるねぇ!」

「……ロキ、あまり他人をからかって遊ぶな」

「あっれ?トールちんもそんなこと言っちゃってェ、シャナセンセの想い人、気にならないの〜?」

「気にしないでください、居ませんから、というかこんな名だたる神々に恋できるほど無知でも子供でもありませんからお願いですから気にしないでください」


必死になっちゃって可愛い〜というロキのからかいに頬に熱が集まるのを感じた早苗は、片隅に追いやっていた花火の存在を思い出し、顔の熱を冷ますように荷物に駆け寄った。別に誰が好きとかそういうことがなくても、この手の話でからかわれるのは恥ずかしい。
バケツと花火を持って戻ると、きょとんとしているロキに向けて言い放った。


「食べおった人から、花火やりましょう!花火です!」

「花火?なにそれ?楽しいの?」

「バラバラ?(楽しいの?)」

「楽しいです、花火!矢坂先生、いつの間に用意されたんですか?」


早苗は寄ってきた結衣に花火の半分を手渡すと、ヘルメスの購買で用意してもらったのだとヘルメスの融通がいかにきくのか、どれだけ心の広い方なのかをとくと語った。食材を貰っていたりするので、ヘルメスにはお世話になりっぱなしなのだ。

既に食べ終わっていたらしいアポロンがすぐにやってきて、結衣から簡単な花火の注意事項を聞くと、さっそく先端に火を付けた。バーベキューから離れた方が綺麗だと言うと、アポロンは両手に手持ち花火を持ったまま少し走って行き、薄暗がりで花火の光を見て楽しそうだ。
その後バルドルもやってきて、最近日本がマイブームなのだと言うと線香花火を手にとっている。なかなか渋い選択だ。


「この可愛らしい光が、なんとも素敵だよね」


一人で右手と左手で「どっちが長持ちするか」という定番勝負をはじめたバルドルの後ろで、バーベキューのおかげで大分広い心になっていたらしいロキが、一番大きな花火に火をつけた。
途端、シュワっという独特の音とともに、噴水のような火が飛び散った。きちんと全員から離れた場所で火をつけたことは褒めてあげたい。


「カー、バラバラ!!(シャナ、綺麗だよ!わ〜、花火って凄いね!)」


一歩引いた場所で見守っていた早苗の元へ戻ってきたアヌビスは、すっかりその空間に結衣が居ることも忘れているようだ。


「花火は見て楽しむだけでなく、死者の魂を弔うために使ったりと、色んな意味があるんです」

「バラバラ?カーバラ?(花火が…死者の弔い?人間はそういうことをするの?)」

「はい。もちろん、悪い人間良い人間で分けることも出来ますが、一人の人間の中に良し悪しが詰まっていたりします。犯罪を犯した人間でも、自分の大切な人の死を悼んだりするものです」

「…っ(シャナ…)」


ロキの手によって、今度は打ち上げ花火があげられたらしい。流石炎の神様、なんでもやってくれるなと早苗が空を見上げると、


カシャン





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