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【07:Summer Wind】



臨海学校まで残すところ2日となった日、早苗はあいも変わらず静かな図書室で読書に時間を費やしていた。静かにしていることと退室時間さえ守ればトトは何も言わないし、時々アヌビスを外へ釣れだして遊んであげると喜ばれるのだ。早苗の夏休みは図書室に全て注がれたと言っても良い。

流石に今日は早く引き上げて旅の準備を終わらせなくてはなと思い、読みかけだった「古代エジプトの魔術信仰と医学」という本にしおりをはさみパタンと小さな音をたてて閉じた。早苗の隣で日本神話の絵本を読んでいたアヌビスは、時計をちらりと見やると悲しげに声をあげた。


「バラ?(帰るの?)」

「ええ、臨海学校の支度をしないと…。購買でリュックをもらってこなくちゃ。」

「カー、カーバラ!(アヌビスも一緒に購買行く!)」

「じゃ、ご一緒しましょうか」


トートバックに貸出手続きをした本を仕舞うと、早苗はアヌビスが自主的に繋いでくれた手をそのままに図書室を後にすべく扉に手をかけた。すると丁度外側から誰かが扉を開いたようで、アヌビスも早苗もピタリと停止した。


「あ、早苗センセ、丁度良いところに!」

「ディオニュソスさん…どうされました?」


扉を開いたのはディオニュソスだったようで、目があうとニコッと笑ってくれた。いつものようにアヌビスは慌てて早苗の後ろに隠れると、頑張って小さくなりながら早苗の肩越しにディオニュソスを見ているようだ。
ディオニュソスはアヌビスの行動に一瞬目を丸くしたがすぐに笑顔に戻り、ワインの神様らしい軽い口調で言った。


「今教室で、臨海学校で着る草薙さんの水着をみんなで選んでいるんだけど…早苗センセも来ないかなーって」

「水着ですか…草薙さんは可愛いのでなんでも似合いそうですね。」

「そうなんだよ、お陰でアポロンとバルドルがもめちゃって…早苗センセが来てくれたらすぐに決まると思うんだけどなぁ」

「カー、バラ?(シャナ、水着って?)」


水着に関する知識がないらしいアヌビスに水着は水浴びをする時に着る、専用の着衣なのだと説明すると、彼は爛々と瞳を輝かせた。そして図書室の奥へ走って行ってトトの腕を引っ掴むと、早苗の後ろに戻ってきた。
トトが大人しくついてくるのはアヌビスくらいだよなと、2人の仲の良さを再認識していると、アヌビスは空いた方の腕で早苗の腕も抱き寄せた。


「バラバラ!カー!!(シャナの水着、アヌビスとトトも一緒に選ぶ!)」

「おいアヌビス、水着がどういうものか勘違いしてはいないか?」

「バラ?カー、バラバラ!(水浴びの着物でしょ?それってとっても大事!)」

「いや、水浴びと言ってもそれは遊びで

「バラバラー!(しゅっぱーつ!)」


呆気にとられているディオニュソスを尻目に、アヌビスは廊下へ飛び出した。引っ張られるままに着いて行く早苗とトトを不思議そうに見ながらも、ディオニュソスはアヌビスが教室へ向かっていることを理解したのか、大人しく付いてきた。
トトをちらりと見上げると、彼は小声でアヌビスが水浴びを身を清めるものと勘違いしているのだろうと言った。なるほどと早苗は頷いた。説明不足というのもあったかもしれないが、神様なら巫女が湯浴みなどで身を清めてからお祈りをすると知っているだろうし、水浴びと聞いてそれしか思いつかなかったのかもしれない。

アヌビスに引っ張られて教室へ連れ込まれたトトと早苗は、背中からディオニュソスに押されて完全に教室に押し込まれた。先ほどまで意気揚々と歩いていたアヌビスは、他の神々の視線を感じるとサッとトトの背中に隠れている。


「あっれ、シャナセンセも来たのォ?」

「……ロキ、その水着は流石に問題があると思うが…」


早苗の姿を認めた途端、ロキが黒と赤の布面積が異様に少ない水着を持って近寄ってきた。トールが背後から羽交い絞めにして止めてくれなければ、早苗は今頃ロキのイタズラの餌食になっていただろう。


「アヌビス、戻るぞ」

「バラ!カーバラバラ、バラ!(駄目!シャナの水着を選ばなくちゃ!)」

「…貴様……この現状を見てもまだ水着を選びたいと言うのか…」

「ということで、トトセンセと…えっとアヌビスだっけ?も、早苗センセの水着を一緒に選んでくれるそうです!」


背後でディオニュソスが言い切った。振り返らずとも満面の笑みであることは分かるので、早苗は小さく頭を抱えた。教師としてまったく不甲斐ないばかりであるが、この個性豊かすぎる生徒たちをまとめるのは至難の業だ。

早苗が諦めて適当に無難な水着を選ぶべきだと考えて、改めて教室の中を見回してみると、着替えの出来るようなカーテンで作られた囲いが2つ、デパートにあるような円形のハンガーかけが3つ、教室の机を隅に避けた状態でおかれている。着替えスペースの片方は時折揺れていて、結衣が着替えさせられているのが伺えた。というか、結衣はこんな男ばかりに囲まれた場所で着替えを強いられていたのか。来て正解だったかもしれないと、早苗は深くため息をついた。


「で、まずはシャナセンセにこれかこれを来てみて欲しいんだよね〜♪」

「ロキさん!私はそんな露出の高い水着を着るような破廉恥な女性に見えますか!?」

「そうです、ロキ・レーヴァテイン。女性は慎ましくあるべき。よってこちらの水着を推奨します」

「月人さんまで!!」

「バラバラ…(んー、これが良いかなぁ…)」


赤と黒のレースがたっぷりついたランジェリーのような水着と、モノクロカラーのシンプルだがこれまた布の少ない水着を両手に持ったロキに迫られ、今度は早苗がトトの背中に隠れる番だった。アヌビスは真剣に水着を選んでいるようで、比較的露出の少ないものを手に持っている。
適当な言い訳をつけてアヌビスが選んでくれたものにするのが平和だろうなと思っていると、隠れ蓑にしていたトトが一歩前に出てしまった。


「と、トト様?」

「ふん、貴様の貧相な体に興味はないが…これで良いのではないか?」


お前も選ぶんかい。
全力でツッコミを入れつつ、早苗は差し出された水着を手にとった。青と緑のさわやかな色合いの水着は露出も少なく、ビキニの上にシャツとパンツの形をした水着を重ね着出来るタイプのものだった。ロキの差し出しているものを着るのとどちらが良いかなど、比べるまでもない。
ただちょっと、ロキの水着も可愛らしいことは確かで、早苗は何も答えることが出来なかった。


「え、カドゥケウス先生も選ぶの?それじゃぁ私も選んでみようかな」


バルドルが白と黄色のパステルカラーのものを手にした途端、他のメンバーも火が付いたようにハンガーに手を伸ばした。


「僕は妖精さんの水着選びを手伝うよ、手伝いたいんだ!」

「俺が選んだとしても、誰も着るまい…」


誰も着るなんて言ってないし、海に入るとも言ってないのに。
そう言いたいのはやまやまだったが、一着渡して満足した…というよりも、それ以外を早苗が選ぶはずがないという様子のトト以外は、真剣に水着選びを始めてしまった。早苗は男神たちの様子をみてはぁーっと深く長い溜息をついたのだった。

結局、結衣はアポロンの選んだ清楚で可愛らしい感じの水着を選び、早苗もまたアヌビスが選んできた布面積が一番大きいものを選んで臨海学校へ持っていくことになった。一応
申し訳ない気持ちもあって、こっそりと他の神々が選んでくれた水着も貰って帰った。





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