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始めて入る寮の中は大きく2つに別れており、片側は男子寮でもう片方が女子寮なのだと結衣が説明してくれた。部屋の場所は分かっているようで、特に迷う様子もなく結衣は1つの扉をノックした。
すると中からはーいというアポロンの声が聞こえ、扉が勢い良く内側へと開かれた。扉の向きは西洋風らしい。


「妖精さん!いらっしゃい、会いたかった。凄く会いたかったんだよ!」

「ありがとうございます、アポロンさん。実は、矢坂先生と私から提案があって…」

「へ?あ、あぁ、先生!良かったら2人とも上がって、上がっていってよ、さぁ!」


すっかり結衣しか視界に入っていなかった様子のアポロンに申し訳なくなりながらも、早苗は結衣に続いて部屋へと入れてもらった。ディオニュソスがゆったりとした服装で雑誌を読んでおり、2人を見るとやぁと手を上げて挨拶してくれた。
2人が来たことに気づいたらしいハデスも、部屋の中にある階段から降りてきて久しぶりだなというような挨拶をかわした。


「適当に座れ。草薙はハーブティーで良いか?」

「あ、はい!ありがとうございます。」


早苗が保健室でハーブティーを出しているのを知っているからか、ハデスは結衣にだけ確認をするとキッチンと思われる方へ入っていった。結衣と早苗はテーブルにつくと、反対側に座ったアポロンに、まずは夏の行事を自由参加型で執り行いたい話をした。


「自由参加かぁ…ロキロキやタケタケは来てくれるかなぁ…ディディは来てくれるよね?来るよね?」

「あぁ、俺は構わないよ。けど、どんな行事になるんだい?」

「ありがとうございます!実は、臨海学校という泊まりがけで海に行く行事を考えています」


途端、ディオニュソスは雑誌をソファに放り出して立ち上がると、いいねぇ!と声をあげた。アポロンと結衣はポカンと見ているが、だいたいの想像がつく早苗は丁度戻ってきたハデスからお茶を受け取るとお礼を言って口をつけた。


「夏に海!そして参加する女の子たち!!海なんだから当然水着!!早苗センセの水着!!!」

「あ、そういうことですか…」

「…くだらん。」


ハデスはアポロンの隣、早苗の前に腰掛けるとカップに口をつけた。あまり乗り気ではなさそうなハデスをどうにか釣れ出したいと、早苗はかっぷをおいて聞いてみた。


「ハデスさんも、ご一緒しませんか?私としては、ハデスさんが居る方が断然嬉しいのですが…」

「断る。俺が居ては臨海学校とやらは成功しない。不幸になるぞ」

「不幸?」

「俺は冥府の王だ。俺が側に居れば不幸になる」

「…どうしても、駄目ですか?」


"不幸になる"の意味はさっぱり分からないが、ハデスは頑なにそれが免罪符であるかのように翳して、早苗の言葉を遮ってしまう。気になってディオニュソスを見れば、これはいつものことなのか苦笑していた。
とりあえず無理に誘うのも大人げないなと、早苗は詳細が決まったらまた誘わせてほしいとだけ言って、アポロンと詰めた内容を他の生徒会メンバーにも共有すべく結衣と一緒にギリシャ神話組が暮らす部屋を後にした。

お隣の日本神話から来ている戸塚兄弟の部屋では特に苦労することなく、2人からの賛同と参加の意思を聞くことができた。月人は生徒会である上に保健室メンバーで、尊の方も保健室メンバーであり更に兄に心酔している様子から確実に来てくれるだろう。
結衣と早苗はそのまま更に隣の北欧神話の3人が暮らしている部屋をノックした。


「はーい」


中から出来れば聞きたくなかった声が聞こえ、早苗が反射的に動けずに居ると結衣の方が一歩前へ出てしまった。そういえばロキは人間嫌いだよなと思っているうちに扉が開いてしまい、真っ赤な髪の毛がひょこりと出てきた。ワイシャツにダイヤのマークを並べたようなベストが可愛らしい。
扉を開けて結衣の姿を確認すると本当に神様かと疑いたくなるくらい顔を歪め、そして早苗が居ると気づくとパァっと笑顔になった。あからさますぎる態度に、早苗は教室での様子が不安になってきた。


「シャナせんせ〜!どーしたのさ、先生は夏休みじゃないの?」

「実は、ちょっと生徒会のお手伝い中なんです。…その、ロキさんを旅行に誘いに来たといいますか……」

「旅行?一緒にお泊り?シャナセンセってばだーいたーん☆ 一緒のベッドで寝る?」


結衣を片腕でぐいっと押しのけると、ロキは早苗だけを視界に入れるようにして話しだした。流石にこれには早苗も驚いたが、ここで叱りつけてしまっては大人げないし早苗と話したいと思ってくれているロキに申し訳ないと、ひとまず笑顔でやりとりすることにした。


「い、一緒のベッドは流石に…」

「えぇ〜、つまんなーい。さ、まずは入ってよ。ロキお手製新作お菓子、食べさせてあげるよォ」

「ありがとうございます。生徒会主催の行事なので、バルドルさんたちにもお話したいのですが…いらっしゃいます?」

「居るよ。あ、あんたも上がるの?」


早苗を部屋に招き入れようとしたロキは、一緒に来るべきか躊躇っている結衣に炎の神らしからぬ冷たい目を向けた。闘志に燃えているようにも見える、射抜くような視線に、結衣はたたらを踏んでしまっている。
早苗はそっとロキの腕に手を添えると、出来るかぎり優しく微笑みかけた。


「ロキさん、あまり怖い顔をしないでください。優しくしろとは言えませんが、草薙さんにも御役目がありますから…ロキさんの機嫌を損ねたいわけではないので」

「……はぁ、シャナが言うなら分かった。あんたも入れば」


ロキは渋々といったふうに早苗の後ろから結衣も部屋に招き入れた。部屋内部の様子は他の部屋と変わらないが、中に置かれているインテリア類は各部屋の個性が出ているようだ。日本生まれの早苗には馴染みのない内装だったが、誰の趣味なのかとても落ち着いて過ごせそうなものだった。
部屋にはいるとソファセットでお茶をしていたのか、バルドルもトールもリビング部分に居り、テーブルにはお茶とお菓子が広がっていた。


「結衣さん、早苗先生、いらっしゃい。一緒にお茶でもいかがかな?」

「お久しぶりです、バルドルさん。実は生徒会の次の行事について相談がありまして…」


ロキから逃れた結衣はバルドルの傍まで行くと、先ほど臨海学校についてまとめた内容の紙束を差し出した。ロキが面白くなさそうにフンと鼻で息をして早苗の肩に腕を回したことなど、きっと結衣もバルドルも気にしていないのだろう。2人はソファで隣同士に腰掛けると、楽しげに臨海学校について話しだした。
その2人の仲睦まじい様子に苛立つのか、ロキは早苗の肩に回した手に力を込めている。


「いいね!素晴らしいよ結衣さん!是非私たちも参加するよ、ね、ロキ?」

「別にその人間が居なくたって行くし。だってシャナセンセーも参加するし?」

「……ロキが行くなら、俺も行ったほうが良いな」


北欧神話3人の同意を得られた結衣は、ロキがとことん不機嫌な目線を向けていることには気づいていないようで、上機嫌に北欧神話組の部屋を後にした。早苗もどうにかロキをやりすごして退室すると、臨海学校へ持っていくものを調達しようとヘルメスの元へと向かった。





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